平成19年 俳人協会新人賞受賞
明隅礼子句集『星槎』
(2006年 ふらんす堂刊)
初御空みづのあふみの揺るぎなし
私が最も信頼している新人の一人である。礼子
さんのみずみずしい抒情に溢れた俳句が、一層
大きく育ち花咲くことを期待している。
(有馬朗人 序より)
<自選15句>
初御空みづのあふみの揺るぎなし
清明や雲の生まるる音のして
白樺派の本並べある夏炉かな
泳ぎ来て空青きことばかり言ふ
草笛の音をかさねて深き空
虫売の黙つて虫を鳴かせけり
出水して地雷も流れゆきしとか
大男橇を止めたる市場かな
花の絵のあるコーランや星涼し
蓮の花舞踏の稽古終りけり
白蚊帳のなかは真白き波の音
スコールのあと運ばるる聖樹かな
椰子の実に斧振り下ろす大暑かな
ふるさとは麦の秋なり父と歩む
星の夜の続きのやうに身ごもりぬ
<句集評>
明隅礼子句集『星槎』評
― 水のプリズム ―
甲斐由起子
初御空みづのあふみの揺るぎなし
琵琶湖の水を称え、母郷の「あふみ」をたたえた「初御空」に
ふさわしい格調高い一句である。
琵琶湖は、バイカル湖、タンガニィカ湖に次ぐ古代湖で日
本最大の面積670,33平方kmを誇る。周囲の長さ241km、
最大水深103,58m、貯水量27,5立方kmという滋賀県の
面積の約6分の1を占める淡水湖である。満満と湛えられた
水は瀬田川、宇治川、淀川と名前を変えつつ大阪湾へと至る。
また、湖国近江は天智天皇が大津宮を築き、秀吉が長浜城
を築城、信長の夢と散った安土城等々いにしえより歴史的に
も華やかな舞台に登場した場所である。さらに、文学におい
ても『万葉集』の額田王と大海人皇子の相聞、人麻呂の夕波千
鳥。『和泉式部日記』の石山詣の段、『平家物語』の木曾殿の最
期の段、『雨月物語』の夢応の鯉魚の章、と数多くの名作を生
んだところでもある。
明隅礼子さんは、そのような歴史と文学を育んだ日本最大
の湖を擁する滋賀県に生まれた。水の近江に生を享けたとい
う事実は、俳人明隅礼子の宿命だと言っても過言ではあるま
い。水はたゆたい、さざめき、溢れ出ずる。その豊かな水の
恵みを満身に浴びながら礼子さんは、育ったのだ。
残雪の湖北や鳥は一列に
辛崎の松に夕月とどまれり
水影のゆらゆらとして小鳥来る
みづうみは日暮れとなりぬ鳴子番
風吹いて淡海まぶしき七五三
はるかまで淡海の見ゆる御慶かな
芭蕉忌に風の散らばる近江かな
まつさらの雪に抱かれ浮御堂
みづうみの星を数へて除夜詣
目覚めれば冬の霞の淡海かな
羽子の音や三井の晩鐘かさなりぬ
残雪の湖北、辛崎の松、雪の浮御堂、三井の晩鐘……。四
季折々の湖国の景勝を抒情ゆたかに謳いあげている。この清
新な抒情性と調べの美しさは、『星槎』に一貫してみられる特
長である。何の気負いもなく選ばれた無垢なる言葉は、読者
にまるで水に抱かれているような心地よさを感じさせてくれ
る。湖面に反射してきらめく光や細波の寄する音を思い描か
せてくれる。礼子さんの作品が奏でる調べは、あたかも水の
余韻のように私たちの体内へと満ち満ちてゆくのだ。
昨秋、ドナルド・キーン氏は、山の上ホテル別館で開催さ
れた講演の中で、韻文−特に俳句−における音の重要性に言
及した。例えば、芭蕉の「閑さや岩にしみ入る蝉の声」は、中
七にイ音が多用されており蝉の鳴く現象と音とが一致する。
さらに「夏草や兵共がゆめの跡」は、中七と下五にオ音が使わ
れ、滅びの悲しみを深めている、というのだ。
礼子さんの俳句も芭蕉の作品のように音楽的である。耳に
抗わざる音が、千変万化する琵琶湖の季節の余情を語り尽し
ているようだ。
初夢のなかにしづかに光るもの
雛あられ朝のひかりがみづうみに
春ゆふべ鈴を鳴らして帰りけり
水芭蕉夜明けの白きかたちかな
いずれも、ものの微かな光を抒情の調べに乗せて表現しな
がら、季語の本情を優しく言い止めている。殊に「水芭蕉」の
句は、ものの命を明らかな形で表現した秀句である。どうし
て、こんなにもたおやかに美しく詠めるのであろうか。礼子
さんの作品の基調には、私たちの脳髄を射て恍惚の境に至ら
しめるような純粋美の世界がある。
光堂より一筋の雪解水
祇園会や千の乙女の千の櫛
紙漉くや天の羽衣より薄く
あかねさす近江の国の飾臼
(以上『天為』所収)
上は「天為」の有馬朗人主宰の作品である。伝統のなかに繊
細な詩情にあふれた美の世界を構築している。礼子さんは、
天為の中でも有馬主宰が希求する美の資質を最もよく継承し
ている作家ではないだろうか。
礼子さんは東京大学卒業後、独立行政法人国際協力機構
(JICA)に勤務する。JICAは、政府開発援助(ODA)
の実施機関だが、礼子さんはおもに教育分野、農業分野等に
おける無償資金協力、開発調査等を担当。アジア、アフリカ、
南米への出張を繰り返す。平成十二年から三年間はJICA
マレーシア事務所に勤務。南国での生活は多くの佳吟を生ん
だ。
白蚊帳のなかは真白き波の音
南国の花の香水ひとしづく
一句目は、波音を色彩で表現する手法に感覚の冴えが見ら
れる。二旬日はただひとしずくの香水に焦点を当てるだけで
かえって南国の花の香があたり一面に匂い立った。
はらはらと麒麟は青葉食べこぼし
初雀モスクを抜けて来りけり
夕焼の海見てをりぬ牛二頭
翡翠のとんで国王誕生日
婚の日の村を出てゆく蟻の道
高床の家に棲みたる守宮かな
青葉、モスク、夕焼、翡翠。鮮やかな南国の色彩にどこか
ユーモアが感じられる。私たちが一度も訪れた経験がない未
知の風土も礼子さんの的確な描写力と独特のムードによって
妙に共感を覚えるのだ。
礼子さんの視線は、あたりの小さきものから働く庶民へと
向けられる。
椅子売は椅子にねむりて木下闇
湖だけを見て氷菓売り鈴鳴らす
椰子の実に斧振り下ろす大暑かな
商ひも深きねむりも緑蔭に
日盛や言葉みじかくすれちがふ
花市へ紅蓮運ぶ渡し舟
椅子売も氷菓売も花売も決して安楽な日々を送っているわ
けではあるまい。むしろ、生き難い現実を生きなければなら
ない苦痛との闘いの連続であろう。そういったアジアに生き
る人々の生活の暗部を見事に照射している。
出水して地雷も流れゆきしとか
この作品には、作者の切なる願いが込められている。JC
BL(地雷廃絶日本キャンペーン)の報告によれば、毎年八十
八カ国で、約二万五千人が地雷による被害を受け、犠牲者の
大半が一般市民や子供である、という。日本政府が1997
年に署名したオタワ条約第一条には、「締結国はこの条約に
従ってすべての対人地雷を廃棄し又はその廃棄を確保するこ
とを約束する。」とある。しかし、アジア諸国にはいまだに無
数の地雷が土中に埋まっており、廃棄はおろか撤去もままな
らない状況にある。掲句からは「出水」によって地上のすべて
の「地雷」が流され、葬り去られてほしい‥・。作者の祈りに
も似た心情が伝わってくる。
平成十五年、礼子さんはマレーシアから帰国する。
ふるさとは麦の秋なり父と歩む
ひといきに渡る吊橋夏来る
久方振りに母国へ戻った心の弾みが伝わる作品である。
手花火の音きいてゐる二人かな
この旅のはじめたのしき走りそば
逢ふひとの声透きとほる月夜かな
夫君の日原博さんとは、周囲の人々が羨むほど仲が良い。
星の夜のつづきのやうに身ごもりぬ
小鳥来るはじめて話すことばかり
胎の子に海を見せたき小春かな
胎の子を想い、話しかける。豊かなる母性が季語を通して
透明な言葉として迸る。水は色を変え自在に形を変え、やが
ては海へと流れ出ずる。礼子さんの純粋で水のような詩性が
穢れることなく永遠へと連なることを祈念して筆を擱く。