<句集評>

   有馬朗人句集『不稀』鑑賞

     パウンドから朗人へ  

 

小澤 克己(「遠嶺」主宰)

 

 

 有馬朗人句集『不稀』は、氏の第六句集に当る。『花神コレクション<俳句>有馬朗人』には、第五句集<『立志』以降「非稀」>と題された一章があり、

 

  書初の龍は愈愈翔たむとす

  はじけても心あひ寄る独楽二つ

 

の作品をはじめ、<風の盆男踊りは鳥に似て>までの60句が収録されている。句集『不稀』の「あとがき」にも、この「非稀」を「不稀」に変えた経緯が述べられているが、文法的に正しい(非は名詞につき、稀にはつかない)方の題名にされたことが理解できた。こうした正確さへの姿勢にも、氏の俳句文学に対する真摯さがうかがわれ、嬉しく思った。因みに氏は、百歳になられたときの句集名を「古稀」とされるとのこと、この意思表明もますます頼もしくかつ微笑ましい。

 

  天狼やアインシュタインの世紀果つ

 

 句集の最末尾に置かれた作品である。天狼はシリウス、「おおいぬ座」にある一等星で、「オリオン座」のベテルギウスと「こいぬ座」のプロキオンと冬の大三角を作っていることでも馴染み深い。その天狼や星々の輝く冬空を仰ぎ、戦争で明け、戦争で暮れた二十世紀も果てたなあと深い感慨をもって詠まれたのであろう。特にアインシュタインは氏の物理学の先達。「特殊相対論」が提唱されたのが、一九〇五年だから、まさしく二十世紀はアインシュタインによって、物理学(素粒子を含む広範囲の学問)や他の科学・文明の変化進展が齎された。後の「一般相対論」、特に「アインシュタインの平和原則」(全体的破滅を避けるという目標は、他のあらゆる目標に優位せねばならぬ)は、時代を越えて真理へと到達していた。それはおそらく宇宙・銀河の果てまで到達していたのだろう。氏は天狼を仰ぎつつ、アインシュタインの声を聞き、科学技術の進歩と世界平和の関わりに思いを遣り、二十世紀の果てと句集の棹尾を飾ったのだ。

 さて、<二十一世紀はサイエンスとテクノロジーの時代>と、専門家の話す講演を聞いたことがある。そして「天為」(平成1612月号)の〔六百字エッセー〕に<科学・技術や文学の目的>と題し、氏が「しかし私は、科学や技術の目的と同じく、人間の英知を高め、人々が平和で幸せに長寿でしかも最後まで健康に生きられる世界を目指すべきであると思う」と、文学の第一の目的(読む・書く・作ることの楽しみ)の先に訴えられていたのを、このたび読んで、科学・技術のみを先行させたかつての論(講演)へのアンチ・テーゼとも取れ、共鳴を深めたとともに、さらに氏が、アインシュタインの意思を後継させている世界的知識者の一人でもあるとの認識もあらたにさせていただいた。

 

  新日記元素記号を先づ記す

  万霊雪と化して原爆ドームかな

  ビッグバンの残光にして初日影

  長崎忌近き夕べは羽蟻満つ

  あらなんともなやノストラダムスの七月

  ロボットの仕事始の火を飛ばす

 

 物理学者と俳人を融け合わせたような作品である。俳人の妙に文学者ぶったような固い句ではない。何かリラックスした情緒の中に、一識者としての品格と知性を表徴させている作品世界が感じられ、穏やかな気持ちになった。根底には、やはり「アインシュタインの平和原則」が貫道されているのであろう。

 

  フランスは今も遠しや赤とんぼ

 

 一読して、萩原朔太郎の詩を思い出した。「ふらんすへ行きたしと思へど/ふらんすはあまりに遠し/せめては新しき背広をきて/以下略」という詩(「旅上」)。掲出句は、その詩情を汲みつつ、さらに新しさへと上昇しようとする志向が感じられる。それが、<今も遠しや赤とんぼ>の表現である。一時代昔の詩想をそのまま受け継いでいたら、何ら意味もない。かつて萩原朔太郎の詩風(ノスタルジックな情緒的な詩観)は、北川冬彦・春山行夫らの新詩観(新散文詩運動やエスプリ・ヌーボォ運動の流れ)らの新しい潮流に否定され、かつ引き継がれて、現代詩の基盤創成の礎となった。萩原朔太郎は、フランス詩(ボードレール・マラルメ・ヴァレリー等)の規範に詩意識を置いていた。しかし新詩観派はむしろイギリス(アメリカを含め)詩(パウンド・エリオット等)に詩精神を置いていた。この二つの流れと世界思想の大きな潮流が、現代詩の肥沃な土壌と表現の多義性・多文化主義をもたらしたものと考えられる。その高点にパウンドが位置している。詩人・城戸朱理氏によると、パウンドは、荒木田守武の「落花枝にかへると見れば胡蝶かな」をイメージの重層から成ると指摘し、いわゆるイマニズムを催した契機の一つとしたと説いている(参照・『パウンド詩集』解説・思潮社刊)。時は、一九〇四年に発刊されたラフカディオ・ハーン『怪談』の「虫の研究」に掲載された守武の句であったと、奇しくも翌年の一九〇五年は、アインシュタインの「特殊相対論」が提唱された時でもあった。まさしく科学と文学が同時期に出発したことに今更ながら驚く。

 而して、イマニズムは日本にも波及した。安西冬衛『軍艦茉莉』(昭和四年・一九二九)、北川冬彦『戦争』(昭和四年)などの詩集が発刊され、特に短詩(一行詩もしくは数行のもの)に代表される作品構成は、イマニズムの核を捉えて表現されていた。

 

  てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた。(安西冬衛「春」)

  軍港を内蔵してゐる。        (北川冬彦「馬」)

 

 安西・北川の代表作を挙げた。これらはよく俳句と比較され論じられることが多い。特に、詩性と俳句性をめぐっての問題であろう。もともとパウンドのイマニズムが、守武の句の影響と考えれば、短詩は日本に逆輸入された俳句ではなかったのか。ということは<先祖帰り>と解してもよいのではないか。先頃、第3回正岡子規国際俳句賞大賞を受賞した詩人ゲイリー・スナイダー氏(奇しくも有馬朗人氏と同齢)は、パウンドの作品を通じて漢詩に深く興味を持ったと、記念講演にて話され、さらにR・H・ブライスの俳句の翻訳集により、芭蕉の「松の事は松に習え」という偉大な教えに出会い、詩人の道が定まったと説かれたのを聞いたが、まさしくここにもパウンド・芭蕉・短詩という回路が繋がれている縁の不思議さを感じた。その時思いついたのは、俳句は世界を繋ぐ<時間と空間の回路>なのだということ。様々な民族の歴史や生活時間へと下りる錐のような時間、そして世界各国の風土・自然へと飛翔する矢を認める空間、これらを縦横無尽に繋いでいる素晴らしい科学・文化の回路なのだということ。

 この観点から見て、有馬朗人氏の俳句は、ゲイリー・スナイダーがいみじくも講演の最後で引用したイブ・ボヌフォアの<「一種の俳句ブーム」ではなく、不可欠で根本的な典拠への目覚め>の回路として大きな責務を負っていると言える。

 

  象牙屋を出る象色の日傘かな

  五箇山の熊汁に身をぬくめけり

  唐よりの金の麒麟の淑気かな

  ヒマラヤの青き芥子恋ひ仏生会

  氷水ギリシアの海の色に染め

  竿燈をしまひ行くにも笛吹いて

  杜甫の詩の風流儒雅と読み始む

  鬼貫の誠をせむる芦の角

  巴里祭その夜海辺の白き家

  八雲立つ八重垣なして高き稲架

 

 以上、十句。一句目は、上五<象牙屋>が効いている。パウンド詩「警句詩」の<おお、象牙色の、繊細な両手!>の第一行が甦ってくる。まさしく<パウンドから朗人へ>の回路がつながれたと見てとれる作品。二句目は、かくては日本の辺境・飛騨の五箇山。平家の落人集落があり、白川郷とともに合掌造りの家で、近年有名になっている。熊汁が掲出句の眼目。挨拶性があり、風土・自然への往還の趣が深い作品。三句目は、<金の麒麟>は寺にある置物なのだろうか、それとも絵に描かれたものとか。詠まれたのは長崎であろう。次句に、<長崎の坂動きだす三日かな>がある。この作品が句碑となって、興福寺の境内に建立されている。興福寺は唐寺である。明の高僧隠元禅師が住職として滞在していたことでも知られている。大雄宝殿、旧唐人屋敷門等の国重要文化財の他、魚板は巨大で珍しいケツ魚という魚鼓で必見。四句目は、珍しいヒマラヤの青花の芥子。詠まれた場所は解明できないが、はるかなヒマラヤへと思い(恋)を飛翔させるとこは、空間の矢を放たれた感がある。五句目は、<ギリシアの海の色>の措辞がよく効いている。かつての句<夕さればギリシアの葦の笛細し><黒蟻の密集ギリシア語の聖書>等の作品が彷彿としてくる。むろんエーゲ海や昨年オリンピックで沸いたオリンポス神殿や数多の歴史的建造物等も。それと西脇順三郎の<ギリシア的抒情詩>と題された一連の詩作品(「天気」「雨」等)が甦ってくる。掲出句は、飛翔する空間の矢であるともに、歴史的・文学史的時間の錐ともなって読者を魅了する。六句目は、東北三大祭の一つ秋田竿燈祭を詠まれた作品。<しまひ行くにも笛吹いて>に、風土性とともに、そのしがらみ的な土着性を濾過した粋が感じられる。七句目は、杜甫の詩を素材にしている。<風流儒雅>という熟語は、いわゆる<風流>と、<儒雅(儒学の正しい道、もしくは儒学を修め、文に優れていること)>との合成語と解し、氏の漢詩への造詣の深さと表現の広がりに瞠目する。かつてパウンドは、李白の中国語とA・フェノロサの覚書等により、詩集『中国(キャセイ)』を成した意識と通底していよう。ここでも、<パウンドから朗人へ>の回路が認められる。八句目は、鬼貫の<誠のほかに俳諧はなし>への挨拶。九句目は、巴里祭。かつての<巴里祭森の匂ひを持つ少女>の作品が彷彿としてくる。また能村登四郎の<濡れて来し少女が匂ふ巴里祭>も同時に香ってくる佳品である。最後十句目は、『古事記』の神話の中よりの素材。有名な須佐之男命の<やくもたつ出雲八重垣妻ごみに八重垣作るその八重垣を>という娶りの歌を踏まえている。この句にも時間の錐がしかと下ろされていよう。以上、引いた十句を見てきたが、氏の<時間の錐・空間の矢>の縦横無尽さに驚嘆しつつ、十分堪能させていただいた。これはまだ他の多くの秀吟にも言えること。末筆に、最も感銘した作品を挙げさせていただく。

 

  己が尾を飲みゐし蛇も冬眠す

 

 俳句は、哲学を内包している。そして完結しない詩型であり、未完ゆえに短く美しい文学である。

 著者のますますの活躍と、本句集『不稀』の幸および未来句集『古稀』の刊行を祈念して、拙い筆を擱かせて頂く。