自註句集『有馬ひろこ集』
2000年3月 俳人協会刊
《句集評》
言葉の華麗な花
自註句集『有馬ひろこ集』を読む
遠藤若狭男(「狩」同人)
俳壇に限らず、あらゆる分野において女流の時代といわれて久しいが、有馬ひろこさんの『ザビエル祭』と題された第一句集を手にしたとき、個性溢るる新しい女流の出現に目を瞠ったものだった。そのときの感動を今も覚えている。手垢のついた言葉などひとつとてなく、独自のパトスが俳句という形式の中で息づき、展開していた。鮮やかな光景が広がっていた。思ったとおり、『ザビエル祭』は、俳壇において評判になり、有馬ひろこさんの名前は広く知られるようになった。「天為」の有馬ひろこさんから俳壇の有馬ひろこさんになった。それから数年を経て編まれた第二句集『ルオーの陽』は、有馬ひろこさんの俳壇での位置を、なおのこと確かなものにしたといっていいだろう。今回の『有馬ひろこ集』は、『ザビエル祭』と『ルオーの陽』の作品によって構成された自註句集である。
あらためていうまでもなく、自註などというのは、作品にとってこちたきものといえよう。成功すればいいが失敗すればその作品さえも傷つけ損ねてしまいかねぬ。だからこそ、心してかからねばならぬのだが、しかし有馬ひろこさんのそれは、決してその俳句を損ねたりはしていない。小説家になっても成功したろうと思わせるほどに、わずか七十字程度にすぎぬ自註の言葉は、或る生の場面をみずみずしく正確に捉えている。それは、たとえばもっとも初期の、すなわち二十三歳の作品、
白といふ色にも遠き昼花火 昭27
に施された、「白にさえならない淡い淡い昼花火、ぼやっとした一日で休日であったため、よく眠った様な記憶がある。遠い日のこととなってしまった」という自註が、また、
何色ぞ緋のオーバーの裏側は 昭28
に添えられた、「真赤なコートの人が行く。黒いハイヒールを履き、黒のバッグを抱え、もの思いに更ける様子に、ふとコートの裏側を見たくなった。何色かなと」という自註が、さらに、
聖母祭焚かぬ壁炉は暗きまま 昭31
における、「聖母像なのに焚く人が居ないのか、ここでは壁炉も火が入って居らず、暗いままだった。壁炉だけがぽっかり穴が開いた様に寂しかった」という自註が証し立てている。見てのとおり、有馬ひろこさんの自註が、単なる説明に終わらず、蛇足に堕してしまう危険から逃れ得たのは、そして読者をしてこちたき思いにさせ得なかったのは、天性の詩人を自らの内部にひそめているからである。だからこそ、その自註が俳句と瞬間的に交錯するとき、一例を掲げていえば、
帯を解く花魁草のみ白き夜に 昭31
という作品と、その自註「おいらんそうの白さが闇に浮き立つのを眺めながら帯を解きゆく仕草に、女らしさを感ぜずにはいられなかった明治生れの母の姿、四十代の生母」のように、鮮明な生の光景をわれわれ読者に垣間見せるのであろう。同じことは、
わが身より強き香をもつ薔薇とおもふ 昭32
という俳句と、そこに施された自註、すなわち「白檀の香を付けて薔薇垣の脇を通った時、甘酸っぱい香りが広がった。『あっ私より強いかおり』と驚き、これこそ自然の素晴らしさと感心する」とのかかわりにもいえ、瞬間の交錯がわれわれを美しい生の光景へ誘う。
こうしたところに、『有馬ひろこ集』の醍醐味があるといえるが、
早春の椅子に綺麗に足を組み 昭27
に添えられた、「私の取り柄は、脚が長く当時細かった。椅子にかけて足を無意識に組んでいたところ、母から『あら綺麗な脚ね』とほめられて嬉しかった。単純」という自註のように、この一巻は、単なるナルシシズムではない、有馬ひろこさんの人生の豊かさを知らしめる言葉を随所に見出す楽しみも備えている。なかんずく”単純”という言葉、これなど豊かな人生を歩んできた人のみがいい得る、さりげなく、しかも千鈞の重みをもつ言葉といえよう。さらにこの自註句集において忘れられぬのは、
わが夫は赤門の騎士五月祭 昭32
鵙の声よろこぶ血あり夫もわれも 同
迅雷やキリストよりも夫に縋る 昭35
など、やがて東京大学総長、文部大臣などの要職を歴任することになる夫をモチーフに、あるいは主題にして詠まれた作品とその自註とである。第一句には、「一寸ほめ過ぎたかなと思うが五月祭に行って来た。大勢ひしめいている中で、こんなに強く生きている人がいるだろうかと詠んだ夫の前向きの姿勢」という自註が、そして第三句には「突如鳴る地面の割れんばかりの雷、ちょうど側にいた夫に思わず縋ってしまった。クリスチャンだったら思わず十字を切ったであろうに」という自註が置かれているが、これらが読者を鼻白ませぬのは、俳句にしても自註にしても、一点のためらいもなく、天真爛漫に真正面から表白されているからであろうし、<夫恋へば吾に死ねよと青葉木菟>などと詠いきった橋本多佳子の世界でもなく、ましてや与謝野晶子のそれとも異なったロマネスクを構築しているからにちがいない。
そのあとがきにおいて、有馬ひろこさんは、「自註句集は私の歩んで参りました日記のひとこまです」と書いているが、それは美しき謙譲。たとえば、俳句として出色の、
死の海を想ふ蚊取線香の渦 昭39
と「蚊取線香の渦を眺めているうちに、渦を巻いた海を想い出した。死の海である。いろいろ連想しているうちにはっとわれにかえった」と書かれた自註、そして白眉たる、
神代には神に付きたるゐのこづち 平4
と「何処も背の丈程の草だらけで、いのこずちがびっしり。神代にはきっと神達にびっしりと付いたに違いない」と書かれた自註、これらを含めて、この一巻は、有馬ひろこという傑出した女流俳人の真髄を示したものといっても過言ではないだろう。有馬ひろこさんは、またひとつ華麗な花を咲かせた。
(平成12年 天為6月号 掲載)