十人十色2018年11月

  

   松根油の幹に傷痕終戦日★前村 泰博  

  松根油の話を知っている人は少なくなったと思う。勿論現在でもペンキやワニスなどの溶剤とか、殺虫剤の原料として使っているかも知れないが、日常話題に上ることは殆どない。松の根株や、根の部分をきり取って乾留してつくる油である。第二次世界大戦末期石油が輸入出来ず、飛行機や自動車を動かすガソリンが無く、困り果てて街の近くの松の幹まで傷をつけ松根油を作ったのである。私も中学生一、二年生の頃(一九四三、四年)松根油で走っているというバスに乗ったことがある。敗戦日に松根油をとった傷のある松を見て、烈しかった第二次世界大戦を思い出し、敗戦を知った時の残念な気持ちと不安と同時にほっとした事を思い出しているのである。敗戦日らしい厳粛な句である。  

  舟繋ぐ石の袂や合歓の花★蛭田 秋稲 

  合歓の花と言えば、芭蕉の名句
   象潟や雨に西施がねぶの花
を思い出す人が多いであろう。そう思いながらこの句を読むと、舟繋ぐ石のある所は象潟であろうと推測したくなる。象潟は芭蕉が訪ねた頃は入江であったが、地震で隆起して現在は陸地になっている。でも昔の舟繋石が残っていてその袂に合歓の花が咲いているのである。合歓の花と舟を繋ぐ石から象潟の昔の光景を思い出させ、舟繋石の袂に咲いている現在の風景を描いたところが佳いと思う。

   古教会リュートの響く白夜光★松山 芳彦 

  今年(二〇一八年)の六月、国際俳句交流協会の会員たちはスウェーデンへ旅行した。その報告は「天為」十月号に詳しく書かれている。芳彦さんもこの旅行に参加され多くの俳句を作っておられた。この旅の一日ヴァレンツナの古い教会を訪ねリュートを聴いたときの感動が、この句に佳く現わされている。北国の夕刻、日が全く沈まない。その白夜光の中、古い教会に響き渡るリュートの音色が美しい。

   空翔るものに憧れ合歓の花★小池 澄子 

  合歓の木は高さ六~九メートルでかなり高い。六月から七月にかけて枝の端に二、三十ほどの花を咲かせる。色は淡紅色である。その花が夕方開く。夜になると葉を閉じるのでネムの木と呼ばれる。この句の面白さは、合歓の花が高い枝の端の方まで咲いて、如何にも空に憧れているように思えるところを、よく描写しているところにある。空へ飛びまわりたいようだと言ったところが佳い。

   秋立つやカザルス奏づ鳥の歌★武井 悦子 

  私事を書いて恐縮だが私とひろこ(博子)が長男啓人を連れて氷川丸でアメリカのシカゴへ渡ったのは一九五〇年、帰国したのが翌年の十二月の末で相模丸で帰って来た。その年が明けての日本での生活で嬉しかったことの一つに、カザルスが訪日してやってくれた日比谷公会堂での独奏会があった。これ以後私はカザルスのチェロが大好きになったのである。この句は秋の立つ日にカザルスの奏でる曲が「鳥の歌」であったことを強調している。カザルスは一九七三年に死んでいるから、録音されている曲を聞いているのであろう。でもまざまざとカザルスがチェロを奏でているような気持ちになるところが佳い。

   水引草と猫の残りし長寿村★和田とし子

  この長寿村とはどこにあるのであろうか。少子高齢化の時代、特に長寿者が多くしかも皆健康であるというめでたい村があるのである。その長寿者たちを慰め楽しませてくれるのが猫なのであろう。この長寿村には猫が沢山いるというところが面白い。そして草花も長寿の人々が大切にしているのであろう。その中でも水引草が沢山咲いているところが佳い。白と赤の水引のようにめでたい感じがする。白花の銀水引草も、紅白混じった御所水引草もあるが、この長寿村には御所水引草がふさわしい。

   自販機の硬貨の音や霧の街★フィリップ・ケネディ

  日本でも世界のどこでもコンビニエンス・ストアーや自販機が流行している。ケネディさんの住所はアメリカのカリフォルニア州中西部にあるモントレー市である。そこにも自販機が沢山ある。近くのサンフランシスコには、時々霧が深い日があるから、モントレーも同じであろう。その霧の濃い中自販機に入れた硬貨の金属音に注目したところが佳い。霧の街を描きながら乾いた抒情性があるところが佳い。

   虫の声古代ギリシャの陶器かな★武井 典子

  ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、母はギリシャ人、父はイギリス人としてギリシャで生れた。その八雲の随筆に古代ギリシャ人も日本人と同じように虫の声を愛したと書かれている。この句はその古代ギリシャで作られた陶器の美しさを愛でながら虫の音を聞いている光景が詠われている。もしかしたらこの陶器に彫刻がありそれが虫の姿であるのかも知れない。ともあれ古代ギリシャの陶器を見ながら、虫の声を聞いて、古代ギリシャ人も虫の声を愛したであろうと推測しているところが面白い。鋭い直観力である。

   包丁の切れ甦る夏料理★石渡 惠美  

  夏には野菜も、魚類も新鮮な食材が豊富である。それだけに包丁の役割が大切になる。そこで夏料理には包丁の切れが重要である。従って包丁を良く研いで準備した上で夏料理に臨むのである。夏料理をしながら包丁の切れ味が甦ったと、喜んでいる様子がよく現わされていて気持ちが良い。とれたての新鮮な材料を俎板の上に置き、スパッスパッと料理に弾んでいる姿が、これまた夏らしく新鮮である。

   露店閉ぢ祭りの締めは和太鼓で★鈴木 哲子 

  夏祭が景気良く行われ沢山の露店が作られ、それぞれ多くの客で賑わった。しかしその祭りも終り、露店も次々閉め始めている。その最後にお宮の和太鼓が大きく鳴り響くのに合せて、すべての露店が閉じ終ったのである。このお宮の信者たちの協力の仕方が美しい。皆で仲良く協力して祭りを行っている姿が佳く描かれている。

謹悼
  利府ふさ子氏 (岩手県・同人)
     平成三十年九月十七日逝去
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。