十人十色2021年10月 福永 法弘選

   接種日のいよいよ明日の髪洗ふ★山本 登喜子  
   接種をへ夏越の祓したやうな★三澤 俊子 

  接種とは無論、コロナワクチン接種のことである。今月の投句の中にもそれに関する句が多数あった。まさに時事俳句だ。「ワクチンはコロナ対策の救世主」と政府が言うとおり、コロナ蔓延に対する対策は、国民のワクチン接種率を上げる以外に今のところ手がない。事実、六十五歳以上への接種が進むに従い、高齢者の罹患率や死亡率が格段に下がってきた。 

 登喜子さんの句、ワクチンの接種の順がやっと回ってきた喜びと同時に、久々に人に会うので身だしなみを整えようという気づかいが感じられる。
  俊子さんの句は、接種を受けた安堵感を夏越の祓に例えて巧み。

  炎昼や何も触らぬ手を洗ひ★久根口 美智子

  街に出ればマスクをした人だらけ。そして、いたる所で検温に消毒。もともと日本人にはマスク、手洗い、うがいの習慣があったが、コロナウイルス騒動でその傾向は一段と加速された。
  この句、何にも触ってなければ手は特に汚れてないだろうが、空中に漂っているウイルスや菌が付着したと考えられなくもないから、安全、安心のためには、手を洗うに越したことはない。

   御前落殻を残せる蝸牛★山田 一政  

  御前落し(ごぜんおとし)は男鹿半島の先にある断崖絶壁で、釣場として有名だが、その名の由来には、戦国時代末期、秋田実季が出羽国を平定する中で起きた悲話がある。実季との戦いに敗れた阿部千住丸の奥方がこの断崖から身を投げた。実季は更に同族の安東脩季を攻め、脩季側が敗れてその奥方もまたこの断崖に身を投じた。虎は死して皮を残し、人は死して名を遺すというが、投身した奥方たちは断崖にその名を残した。蝸牛までもが殻を残したと付けたところに俳味がある。

   町の名に明治の史実雲の峰★古川 洋三

  私はかつて、北海道に二百十二の市町村があった時代、そのすべてを訪ね、俳句とエッセイ『北海道212俳句の旅』(北海道新聞社)を著した。多くの北海道の地名は、アイヌ語由来によるものだが、中にはこの句のように、明治時代の史実に基づく和名もある。
  一番有名なのは月形町だろう。その地に置かれた集治監の初代典獄月形潔に由来するもので、吉村昭の小説『赤い人』に詳しい。他には、北広島市は広島県人の集団入植に、新十津川村は大水害に見舞われた奈良県十津川村からの集団移住にそれぞれ由来する。北村は大牧場主の名前だ。地名にはそれぞれ、背負って来た歴史がある。

   新宿は噛みつくごとき夕立かな★嶋田 香里 

  〈新宿ははるかなる墓碑鳥渡る〉と詠んだのは、俳人協会新人賞を死後受賞した福永耕二だが、新宿という地名には、独特の地霊、言霊が宿っているように思える。
  耕二の新宿には憧れと羨望ともどかしさが垣間見えるが、夕立を噛みつくごとくと例えた香里さんの新宿は、大沢在昌の『新宿鮫』のような硬派で暴力的なイメージだ。

   夏帽は風の友なり飛びたがり★山根 眞五 

  帽子が風に飛ぶとか、風にさらわれるなどと常套的な把握と写生だけでは面白くないが、その奥にあることがら、すなわち、なぜ帽子が風に飛ぶのかを、それは「帽子と風は友達だからだ」と、根拠も理屈もないながら、勝手に言い切ったところが俳味だ。とても爽やかな気分になる。

   堰落ちて水すぐ急ぐ野萱草★山口 眞登美 

  優れた俳句は、自然を写生しながらも、その奥に人生を垣間見せてくれる。眞登美さんと野萱草は同じ立ち位置だ。堰を落ちる大冒険をした後だから、しばらく気を抜いて淵にとどまっていればよいのに、すぐまた次の堰に向かって落ち急ぐ水。それは、せっかちな友人がやってきて、来たと思ったらすぐ帰ろうとするのに似ている。
  「せっかくだから、もっと落ち着いて、お茶でも飲みながらお話しましょう」と持ち掛けても、「また今度、ゆっくり来るから」と言ってさっさと帰っていく。そんな光景が重なって見える句だ。

   よつたりでこなからの酒夏の宵★今村 奈緒  
   さりげなく一人楽しむ一夜酒★吉能 英治  

  お酒の楽しみ方は多種多様だが、この二句どちらも、暑気払いの様相。奈緒さんの句は「よつたりでこなから」というひらがな表記がしなやか。四人(よったり)で二合半(こなから)ほどの酒を、夏の夕暮れ時に楽しんだのだ。一人当たり七勺弱ながら、賑やかな座だったことだろう。
  英治さんは一人酒。一夜(ひとよ)酒は一夜で醸す甘酒のことで、アルコールのあるものとないものがあるが、きっとこれは低度ながらアルコールがある方だろう。「さりげなく」という穏やかな心映えが良い。

   作業着の急ぎ潜れる茅の輪かな★小栗 百り子 

  茅の輪くぐりは夏越の祓の行事の一つで、無病息災、厄除け、家内安全などを祈願する。どっちの足から踏み出すか、右回りが二回で左回りが一回だ、いや一回ずつだとか、作法が案外煩わしい。この作業着の人はその作法通りに潜ったのだろうか。
  私は今、京都に住んでいて、茅の輪くぐりには毎年いろんなところへ行くが、今年は東大路丸太町角の熊野神社だった。みなさん作法通りに行っている中、私は端折ってお辞儀をして潜り、そのまま本堂に向かった。急ぐときはこれで良いのである。

   対岸に手をふる朗人師天の川★山下 美津子  
   先生は百済に在すや白木槿★石尾 眞智子  
   師の御句の白夜の国へ行きたしや★森木 方美 

  有馬先生が亡くなられてから八か月が過ぎ、初盆の時期となった。師の抜けた穴は大きく、埋めることは容易ではない。むしろ、埋めようなどと思わず、何かにつけて思い出すのが供養であり、弟子の義務というべきだろう。
  先生の句、〈友と会ふ街の屋根なす天の川〉『母国』、〈道端に売る白桃も百済かな〉『耳順』、〈火を焚くや白夜の森のバラライカ〉『耳順』などがすぐに思い浮かぶ。


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