『母 国』鑑賞
対 馬 康 子
『母国』は、昭和俳人選書として、昭和四十七年三月に牧
羊社から発刊。昭和二十五年から四十四年まで、二十歳から
の二十年間の作品のうちから、三百句が収められている。
山口青邨先生が序文にて、「随分厳選である。それだけに
また見ごたへがある。」と述べている通り、二十年を経た現
在でも、実に新鮮な感動を呼び起こしてくれる。
本句集をひもとくと、その目次の詩的さにまず目を見はる。
「習作、麦笛、黒い旗、復活祭、王の墓、父への距離、受胎
告知、妻の故郷、銀貨、流刑地、屈葬、子の髪、古代地図」
これらをさらに小分けにして、小題、例えば「水中花、大和
の村、無名の人、ユトリロの死、石切場、盲の魚、亡命者、
贋金づくり、母国」などが並んでいる。それぞれ作品中の言
葉であるが、朗人先生が二十年をかけて集めた一篇の叙事詩
として、ほろずっぱい郷愁と流行を感じさせる。
「ものの見えたるひかりいまだこころにきえざるうちにい
ひとむべし」
朗人俳句は、芭蕉のいうところのもののみえたるひかりを
すばやくいいとめている。『母国』においては、特に、理知
的なおもしろさをひかりとして示す作品群がある。
水中花誰か死ぬかも知れぬ夜も
砂丘ひろがる女の黒き手袋より
梨の花夜が降る黒い旗のやうに
拍手して白手袋に手をかくす
海原として一塊の鮑描く
緋鯉来て汀の雪に触れもどる
影を売るごと走馬燈売る男
涅槃図に不参の猫よ身を売るな
柵描く晩秋の牛入れるため
青邨先生は、このことを「理知的な設計の詩」と言ったが、
そこには、科学者の眼がどうしても、ひらめきを通じて表わ
れてしまうという面を否定できないであろう。
水中花という、水の中でそよともせずに、しかも華やかな
原色で開いている花は、毎夜毎夜、誰か死ぬかも知れないと
いう認識に確かにふさわしい。
女の黒い手袋より広がる砂丘は、さらにくらく、果てしな
い。しかも、一枚の絵のように実在感がある。
一塊の鮑を、大海原を象徴するもののごとく措く。一塊と
いう言葉が、全てを納得させる一句である。
「夜が降る黒い旗のやうに」とは、なんと詩的な一行であ
ろうか。夜が「降る」という表現も、それが「黒い旗」のよ
うであるということも、理知的感性なくしては発見できない。
しかも、そこにあるのは梨の花である。ひそやかに白い梨の
花と、黒い旗のような夜の闇。科学者の孤独さえも感じさせ
る。緋鯉の句も、走馬燈の句も、知で設計された作品と言え
よう。そして、これらは、知的計算をてらわないこの時代の
朗人でなければ、作れなかったものではなかろうか。
ただ『母国』という句集の不思議さは、もののひかりを、
それだけで終らせていない点である。朗人の全作品には、ひ
かりのおもしろさが溢れているが、理知さを離れた時、その
おもしろさは、二つの流れとしてあらわれる。その一つは、
序文で青邨先生が言うところの、
「スマートで、垢抜がして、明るくて、軽快で、幻想的で、
牧歌的で −こんないろいろの言葉で言へるやうな美しい、
豊かな叙情」である。
卵 の 影 二 重 に 復 活 祭 の 夜
蛇達も眠る月蝕の夜の古墳
秋晴の魚が描かれてゐるパイプ
冬の蝶のぼる真昼の月蝕へ
初夏に開く郵便切手ほどの窓
サルビアがつなぐ黒人の家と家
移民発つ冬の木馬をおきざりに
夜もなほ海月と軍靴ただよへり
子が靴を落すチューリップの花のやうに
青邨先生は、これらの作品を、まるで「ルナールの詩」の
ようだと形容している。
冬の蝶が真昼の月蝕にのぼることも、夜に海月と軍靴がた
だよっていることも、それだけで一つの物語が語れそうな創
作的おもしろさがある。
初夏に開く窓が、郵便切手はどであるという表現にも、初
い初いしい感性の発見と叙情がある。
秋晴の魚が描かれているパイプなんて、本当に素敵なパイ
プであるし、移民達が残していった木馬には、淋しくあどけ
ない子供の眼が見える。
理知と叙情という相反する二つの感性の同居こそ、二兎を
追う若き物理学者の姿そのものなのであった。それは、山口
青邨の弟子であったということの影響なくして語れないであ
ろう。青邨先生の知と情を、最も素直に、しかも身近なもの
として受け入れたのが、朗人先生であったのだと改めて思う。
しかし、「理知的な計算」と「豊かな叙情」の二つのみで、
朗人俳句は語り尽くせるものではない。その次にあらわれる
のが、「虚無」というべきものである。朗人先生の作品には、
時として、ゾッとするような虚無の深さがただようことがあ
る。それは、真理の探求という孤独な宇宙を放浪する詩人に.
課せられた宿命のようなものかもしれない。
たしかに芭蕉が、
此の道や行く人なしに秋のくれ
此の秋は何で年よる雲に鳥
とうたった軽みの境地は、ある意味で虚無に通ずるところが
あった。詩人芭煮の孤独。
雁の列短かし葬列かと思ふ
早春の巻貝殻は砂丘の耳
イエスより軽く鮟鱇を吊りさげる
玄室を出て人の世の日傘さす
既に父たり蟷螂斧を振れば朝
二兎を追ふほかなし酷寒の水を飲み
ここには確かに、二十世紀に生きる現代人が存在する。そ
して、苦悩というものがにじみ出ている。
これを世紀末のデカダンスと混同してはならない。そこに
あるのは、絶対零度の世界の存在の起源としての虚無である。
ただこの思いは、微視的な世界へのめりこむだけではなく、
何かしら振動をしているかのようである。それは、虚無の発
する絶対的なエネルギーを、より大きな絶対者へと「統合」
していくような、そんな大きな、はるかなものへとつながる
ものである。
初日頭上常に遥かに父への距離
白鳥に春の雪ふる遥かに降る
やがて来る者に晩秋の椅子一つ
草餅を焼く天平の色に焼く
これらの作品は、本居宣長のいうところの、「やまとごこ
ろ」の思いにつながるような気がする。この統合的立場のあ
らわれこそが、朗人俳句の真におそろしいところであろう。
次期俳壇を担う二十代の人達に、『母国』という句集の存
在を、一人でも多く感じてはしいと思う。