天為インターネット句会  2008年4月



   <主宰選特選句>                    (互選)

  しまひには名を付けられし雀の子        小川 洋   3

ほのぼのとした情景が目に浮かびました。(朗子)

庭にやって来る雀に餌をやっているうちにだんだんと愛情を感じてくる。たくさんの雀の中に特に小さい雀がいる。たぶん雀の子なのだろう。まだ毛もしっかり生えていない。「おちびちゃん!」そうだなあ。「ちびこ」にしようか。そうだ「ちいこ」にしよう。などといつの間にかそれらしい名前がつけられた。(註 評者の勝手な名付けです。)作者は今日も明るい庭でパンの耳を持って「ちいこ」を待っているのである。ほほえましくも明るい感じのする句です。(寛)

やや理が勝っているが、季語の選びがうまい。(康子)

  手品師の髭に種あり四月馬鹿          竹内宗一郎  2

  そうかぁ!髭にタネがあったんですね。どうりで胡散臭い手品師だと思いました。(紗央里)

  石けりの輪のつづく路地雪柳          石川由紀子  1

土に描かれた輪と米つぶ模様の白い花の取合せが妙。向こうの広場には子らの声が聞こえる。昼食の迎えに来た母親の笑顔。(茂喜)

  ふらふらと風羅念仏や糸桜           三宮隆宏

  天平の甍夕づき春寒し             吉田久子

  大蛇川水迸る帰雁かな             渡部文子

 

   <主宰選入選句>

  知恵の輪に遊ばれてゐる日永かな        立久井昌子  5

暇つぶしのつもりがいつしか本気に。滑稽さが伝わります。 (朗子)

本気で解くために始めたのかどうかもわからなくなる、そんなのんきな春の昼です。(ゆかり)

日永の手遊びに、のんびりと知恵の輪を始めたが、なかなか外れなくてだんだんムキになってしまった。「遊ばれてゐる」という些か自嘲的な言い方に、滑稽味がある。(睦子)

  インクより碧きアネモネ夜の窓辺        岸田 晶   3

アネモネを「インクより碧い」と捉えて深く澄んだ春の夜のイメージがぱぁっと広がりました。叙情的な句です。(ゆかり)

インクの青と夜の漆黒。そのどちらにも似てどちらとも違う色が息吹く。(繪里子)

  留学子巣箱に丸き窓一つ            対馬康子   2

 留学生のおかれた立場、心情を巣箱に一つあいた小さな窓で象徴した。丸いことで希望もある。()

  語るべし昭和二十八年最後の鰊群来       福永法弘   2

そうなのです。必ずしも「乱獲」の一語では片づけられない不思議なのです。生態学をしっかりやらねばと思わせます。(尚)

作詞家なかにし礼の代表作「石狩挽歌」、そしてその詞に「あれから鰊はどこへいったやら」の一節がある。「あれから」は昭和28年である。「最後の鰊群来」を北海道留萌の宿のベテランの仲居さんが教えてくれた。彼女は当時高校生で昭和29年に修学旅行に行ったことで「あれから」を覚えていた。鰊が来た年は収入が多く翌年高校生は修学旅行に行くことが出来たらしい。彼女はそして当時としては最後の修学旅行生となった。(有史)

  筑紫野の色の角皿つくし和           室  明   1

  上皇の遠流の島の木の芽かな          熊谷佳久子  1

楸邨の「隠岐や今・・・・」の句を踏まえていると思うが、詩情がある。(芳生)

  花の枝に掛かり夜の来る紅手鞠         天野小石

  茶房開店連翹の路地の奥            三雲繪里子

  凧あがる四方に関ある城下町          深谷義紀
              (龍太の句あれど)

 

   <互選句>

蝌蚪の群くすぐつたくて水動く         福永法弘   10

なるほど、くすぐったくてと捉えた感性がすばらしい。(紀代)

下5の説明の中7がとても巧いと思いました。まとまって動いている様がよく分かります。 (朗子)

一読、私もくすぐったくなりました。 水が主役になってて、面白い!!(游)

水がくすぐったいとしたところがおもしろい。(けい子)

「くすぐったくて」の表現に惹かれました。あんなにたくさんいたらくすぐったいに決まってます。祖母の家のそばにあった田んぼを覗き込んで遊んでいた日を思い出しました。(紗央里) 

おたまじやくし数へてはすぐ御破算に      芥ゆかり   7

幼い頃の、おたまじゃくしを数えあぐねた記憶が甦ります。算盤の珠との動きが呼応するようで、楽しい句です。(恭子)

「御破算に」と言って明るい句になった。おたまじゃくしの元気な様子が見えてくる。(那智子)

思わず賛同。(晶)

まだ小さいおたまじゃくしを数えるのは、なかなかに大変である。ずいぶん昔のことになってしまったが、子供と一緒におたまじゃくしを見に行った日のことを思い出す。親子で一生懸命に数えるのだが、おたまじゃくしが動いてしまい判らなくなってしまう。そして、また数えなおす事になる。そんな様子が「すぐご破算に」に集約されていて、数えている子供の表情が見えてくる。(昌子)

涅槃図や観てゐるやうで中にゐる        和佐尚子   6

涅槃図を観ていていつのまにかその世界に引き込まれてしまったのでしょうか。この世も涅槃図の世と続いているかのようです。(康子)

大寺の涅槃会を的確に捉えていると思う。(瑞子)

 釈迦の死を嘆き悲しむ会衆の中に自分の姿を見た。中七下五の微妙な言い回しに、ふとドッペルゲンガーという語を思い浮かべたが、涅槃図に魂を揺さぶられた作者の思いがありのままに表現されているのだと思う。(睦子)

この句は面白いし、よく見ていると感心した。涅槃図には釈迦の弟子をはじめいろいろな動物が描かれているが、それぞれ見ると千差万別である。動物たちの中には、付き合いで仕方なく来たような顔、言われて駆り出された顔が居る。そのような動物は傍観者でしかない。が、涅槃図の中に居る。人の世にもこのような傍観者が結構いると思うとおもしろい。(有史)

悟りの本質のような主客の転換がよい。(我尼吾)

蟇交る片脚で蹴る恋敵             木場瑞子   5

片脚で蹴るに俳諧味があってよい。(飛)

墨絵にありそうだ。俳味を感じる。(けい子)

じっと見ている作者が見える。彼も恋敵を蹴りたいのだろうか。いや!蹴ってしまったのか。即物具象の写生句がぐっと私を曳き付ける。(晶代)

若草へサーカス小屋のテント張る        根岸三恵子  4

サーカスを待ち望んでいる気持ちが「若草」に仮託されている。(法弘)

何処かの広場でのイベントの情景が浮かぶ! サーカスには付きものの「天然の美」のメロデイが何故かもの悲しく感じるのは私だけでしょうか?でも、「若草」と言う季語によって明るく楽しい作品となりました。(久子)

  海峡の底は地続き青き踏む           内村恭子   4

  踏みしめた大地は海の底を経て、対岸へ続いている。一点からの広がりを感じます。()

レポートは春空にでも書くとする        上川紗央里  4

春が来たうれしさに気もそぞろでレポートどころではない。今夜は徹夜になるかもしれない。(尚)

こんなに気分の良いときに家にこもってレポートなど書いていられない、という気持ちが良く表れている。(飛)

 やらなければいけない課題(仕事?)があるのだけど春なのでなかなかそういう気分にならない。『ま、いいか』みたい気分が春によく合っていると思います。(洋)

  島唄は三線に乗せ東風に乗せ          石田 游   4

  リズム感がいい。三線の調べが聞こえてくるようです。(三冬)

  句にリズム感があり、春の喜びが伝わってくる。(瑞子)

  やさしさをかたちにすると春の月        和佐尚子   3

やさしさをかたちにするなんて凄い。なるほど春の月ですね。(紀代)

「すると」との、口語調が良い。(法弘)

以前、理想の男性、女性は、「やさしい人」であった。ところで「やさしさ」は、どんな形をしているのだろうか。時には「やさしさ」は厳しい言葉で表現されることもある。言
葉もいらない「やさしさ」もある。「やさしさ」という言葉は知っているけれど、それはどうもぼんやりした形しか持っていないのである。そう今見ている春の月のように。(寛)

合鍵の合はずに帰る花の雨           橋本有史   3

彼のアパートの鍵穴に合鍵を入れてみたが、もう鍵は変えられていて合わない。桜の花びらが張り付く濡れた舗道を帰ってゆくハイヒールのつま先が見える。(香誉子)

けんかのはずみに飛び出し、悩む日々。思い切って会いに来たが、時は無情。可憐な青春哀歌。「雨」は言わずもがなか。(茂喜)

さびしい帰り道。花の雨はそのさびしさをいやしてくれるのか、それとも。物語を感じます。(実世)

寄せ書きに溢るる未来卒業す          内藤芳生   3

子らの若々しい寄せ書き、作者の愛情が感じられる。(由美子)

 春駒の跳ねて火の山動きけり           上川美絵   3

躍動感溢れる春が来た!!(游) 

阿蘇の若草萌える丘に今年生まれたばかりの仔馬が跳ねているのでしょうか。小さな命ながら火の山をも動かしかねない躍動感が伝わってきます。()

冬の間、厩に閉じ込められていた馬が嬉しそうに跳ねているのか。それとも生まれたての子馬が跳ね回っているのか。いずれにせよ、そんな馬に釣られて阿蘇岳も動き出したようだ。春の躍動感が溢れた一句。(義紀)

  春昼や湯気立てて竹焼かれゐる         松村三冬   3

実景を超えた見事な観察。竹林の静謐さが感じられる。(康子)

麦を踏む夜はジルバのステップ踏む       内藤 繁   3

麦からジルバへの連想の飛躍が面白くて笑ってしまいました。(ゆかり)

ジルバがよい。(我尼吾)

遺言を書く部屋むかし雛の間          小川 洋   3

長い時間の経過のみならず、作者の人生までも感じさせてくれる句です。(実世)

黄砂降る駝鳥しきりに羽ばたきぬ        武藤スエ子  3

飛べない駝鳥も故郷に飛んで行きたいのでしょうか?(游)

  くちびるのつやつや動くエイプリルフール    小高久丹子  3

女性の年齢を言うのは失礼ではあるが、作者と話している女性は10代や20代前半ではない。そのくちびるが発している言葉に様々なウソが含まれていることを作者は知っている。知っているにも関わらず、まるでそのウソに気づかないふりをして相づちを打っているのである。しかしその女性は、作者がウソだとわかって相づちを打っているのを気づいているのだ。何とも恐ろしい句である。(寛)

「つやつや動く」唇から、次から次へと吐き出される嘘、今日くらいは許してやるか、とそんな気持ちまで伝わってきました。(紗央里)

  なにか怪しげだが、聴いていたい。(晶)

  鳥帰る遺品に引揚げ証明書           土屋香誉子  3

満州からの引揚げだろうか。「鳥帰る」の季語に亡くなられた方への作者の思いが感じられた。(那智子)

亡くなった方の確かな人生の証しと彼の地へ帰っていく鳥の対比に打たれました。(康子)

辛夷咲く智恵子の空のはぐれ雲         立久井昌子  3

早春、葉の出る前にいっせいに開く辛夷は美しさの中に孤高を持する感じがある。智恵子の心を辛夷とはぐれ雲で上手く表現していると思います。()

辛夷の白とはぐれ雲で、智恵子の精神まで表現されている。(瑞子)

給油所の明かりの中の桜かな          宮下惠美子  3

エド・ルシャのモチーフのように、夜のガソリンスタンドは都市の美のひとつです。夜桜の新たな魅力が都会の切り口で浮かんできます。(恭子)

古き俳句的先入観に全くとらわれていない、我々が息をしているまさに現在の景、只今の配合、視覚的に見事に成功していると思います。(宗一郎)

ガソリン税で給油所も長蛇の列。桜にふとこころ洗われる。(我尼吾)

春の野となりしばかりのひかりかな       明隅礼子   3

つい数日前まで冬枯れの感を呈していた野が急に春めいてきた。何故だろう。そうだ、このやわらかな、温かなひかりだと作者は気づいたのだと思います。()

早春のまだ硬い、しかしほのかに暖かい光りがひらがな表記を多くしたことで上手く表現されていると思います。(洋)

竪穴を出て春光の平手打ち           瀬戸口靖代  3

半ば地に埋もれた竪穴から、地上に出た時の光の輝きが、大胆に表現されている。(由美子)

「平手打ち」が効いている。(芳生)

縄文、弥生、古墳時代の人々が竪穴で穏やかに暮らしている、或いは静かに眠っているのに、突然、煩い現代人が入ってきて、がやがやと。彼等が出て行くと早速、「もう、来るな!」と春光で平手打ちをしたのだ。古代人よ!ひらにご容赦を!(晶代)

石鹸玉の中が現世かもしれぬ          市川康子   2

そう言われてみると妙に納得の一句です。(文子)

虹色の輪のの中で一瞬にして消えるのが人生か。視点の逆転が新鮮。(康子)

椿は火桜は水の美しさ             津久井紀代  2

「なるほど、確かに」と思わせる、視点の確かさ、鮮やかさ。「椿は火」までは詠めても、「桜は水」は、なかなか出てこない、上手い。(宗一郎)

風にさざなみだつさくらは水彩のひかりを纏う。中七下五に惹かれました。(繪里子)

  生から死白さの変はる白魚焚          福永法弘   2

  虻硬く重く虚空に光りをり           岸本尚毅   2

『硬く』の表現が見事。(洋)

真ん中の疾く流れて春の河           荒木那智子  2

木の葉や形代、花びらなど、川を流れるもので、流れの速度や向きがよく分かります。岸辺にも流れはありますが、川の真ん中はぐっと速い。(義知)

  どこまでも天にはゆかぬヨットかな       西村我尼吾  2

海に浮かぶヨットを遠くまで時間をかけて見詰めていたのですね。しかし、天には行かなかった。(芳彦)

  つんのめる紙ヒコーキや四月馬鹿        橋本有史   2

いとおしい紙ヒコーキ。四月馬鹿をもってきたやさしさ。(晶)

   花菜畑花の高さに風渡り            西沢けい子  2

「高空は疾き風らしも花林檎 相馬遷子」を思い起こさせる。菜の花と林檎の花それぞれに似つかわしい風の位置があるらしい。絵画のような一句。(義紀)

ぽっかりあいた空の下、群生する茎叢との境を、風と花との交歓がすすむ。(繪里子)

揺るぎなき阿修羅の視線花の冷え        芥ゆかり   2

初燕機械とまらぬ町工場            土屋 尚   2

町工場のひたすら地道な仕事、燕も長い疲れを癒す、この取り合わせの妙。(由美子)

朝から晩まで懸命に働く町工場に燕が今年もきた。燕を見つけた喜びを感じた。(那智子)

鳥の眼のときに神の眼花辛夷          岸本尚毅   2

辛夷の花はどうしても空を背景に置いて眺めたい。青空であったら尚素晴しい。薄墨を流した空にその白さを凛と浮き立たせ,一層きわ立って現れる、むしろ曇り空が相応しいと思ふ位、不思議な花。人はふと、自分の死や世の無常を考へたりする、その時この花は妖気を放ってゐる。さて、この作品、発想の鋭さに絶妙なものを感じました。(久子)

鳥も時には神のように下界を見下ろすのかも。人間世界より花辛夷の方が 鳥にはずっと美しいのかもしれませんね。(康子)

  ふらここや理性失ふままに漕ぐ         中田朗子   2

この単純な振り子運動の遊具は、いつの時代も恋とそして狂気を生んできたのです。ブランコの闇の側面を捉えた句。(恭子)

  ひと呼吸しては浅利の生きのびる        津久井紀代  2

   小さな命に向けられた、鋭い、そして優しい目。(実世)

  日溜りや前世は良く鳴く亀でした        青柳 飛   2

日溜りに亀とのんびり、すると亀がぽつりと言いました。亀にだって個性はあるのだ。(久丹子)

  本日のランチ杏の花添へて           竹内宗一郎  2

春愁や五体満足もてあます           内藤 繁   2

青饅や今日摘みたればけふの味         室  明   2

 摘みたての青菜の饅。その瑞々しい色彩や新鮮な味わいが「けふの味」に込められている。また、中七下五の「今日」、「けふ」のリフレーンが、一日一日を大切に生きる作者の姿勢を浮き彫りにしている。(睦子)

作者にとって今日は、どのような一日であったのだろうか?昨日でもなく、明日でもない今日という日。それは多分、華やかさからは遠いごく平凡な日であったのではないだろうか。しかし、その平凡な日常にささやかな幸せを感じているに違いない。今日の積み重ねを大切にいているように思え、心惹かれる一句であった。(昌子)

白梅や連山守る蛇笏句碑            内藤芳生   2

春の夜の口渇くとき波の音           竹内宗一郎  以下1

  春陰や液満ちてゆく食虫花           榊 睦子

  まさに手が届き火の山風光る                上川紗央里

春潮や凝然として波殺し            岸本尚毅   

つちふるや縹の海の日本地図          合原実世   

黄と青のコントラストが伝わる佳句。(治美)

宋銭の錆をつなぎて霾晦            瀬戸口靖代  

平清盛は宋との貿易で大量の宋銭が輸入したが九条兼実は流通停止を命令。建久四年改めて「宋銭停止令」が出されたと言う。約九百年前の古銭ですから、恐らく錆だらけでせうね。「宋」と季語との調和がとれ印象明瞭な作品です。(久子)

  幹で嘴ぬぐふ鴉や花曇             日原 傳   

桜の幹で嘴をぬぐう真っ黒な鴉。梶井基次郎の「桜の樹の下には屍体が埋まっている」ではないが、花時の曇り空がよく表されている。(香誉子)

  冴返る画鋲の残る掲示板            満井久子   

春光の直球ずばと父の胸            山田節予   

公園で父と児がポール投げをしている暖かな親子の情景が浮かぶ。麗らかな春の日に照らされて、直球が父のグローブに入る。父は児が父に対するメッセイジを何か送ったのだとハットする。直球ずばとが穏やかな春光を突然驚かす効果を現している。(晶代)

  針山の芯に黒髪落花疾し            対馬康子    

  子の夢の断片まぶし蝶とべり          明隅礼子 
  

  おぼろ夜や幹細胞の蠢いて           土屋 尚   

  生命のいきぶきを感じる春の様子を面白く捉えている。(飛)

   真実の口に手を入る春の夢           松山芳彦   

ハーレムに帰つて来たる恋の猫            仙田洋子   

蛍烏賊光りしままに焼かれをり         蛭川晶代   

少し不気味な景だが、妙にリアリティがある。印象鮮明な一句。(義紀)

ものの芽やけふ裁判を傍聴す          内村恭子   

ものの芽吹きと裁判の傍聴という一過性と非日常の緊張感を今日という日が繋ぎます。(久丹子)

   ぽっかりと黄砂に紅き日の出かな        武藤スエ子  

中国で見て来られて詠った句と思います。壮大な大地に紅い日の出が深く印象に残ります。(芳彦)

  黄水仙忘れちまった彼のこと          大山由美子  

喇叭のごとく大口をたたくほどに女は強くなりました。でもほんとは忘れてなんかいない。(久丹子)

  身の丈に合はぬ殻負ふがうなかな        市川康子   

「ヤドカリの引越し」と言えば聞こえが良いが、その実態は略奪に近いものだと言う。空いた貝殻を見つけて引っ越すよりも、相手を追い出して自分がその貝殻に収まる事が多いとか。。さて、このヤドカリだが、憧れの大きな殻を背負ったまでは良いが大き過ぎる殻では動きも鈍くなるであろう。また、危険を感じた際に自身の鋏で殻の入り口に蓋をする事ができるのだろうか?上昇志向が裏目に出てしまうあたりの滑稽さが、人間の世界と重なり合う。(昌子)

  木の柵を砂に打ち込む朧かな          内村恭子   

木の柵を砂に打ち込むたよりなさを朧と表現され、なんとなくおかしみがあります。(香誉子)

  「学びたかつた」母のひと言鳥曇り       木場瑞子   

   線路あるかぎり初蝶真一文字             仙田洋子
   

  春雨を街搦め捕る銀糸とも           三雲繪里子  

  白百合も壺も真白き誕生日           熊谷佳久子 
 

白百合に白陶の壺、絵になります。それが御誕生日とはお幸せです。(芳彦)

苗札や書ききれなくて二枚立て         大山由美子  

金融機関統合により「東京三菱UFJ銀行」が誕生した。さすがに「東京三菱三和東海銀行」とはならなかった。ひょっとしてこの苗は、品種改良や遺伝子組み換えでいくつもの品種、遺伝子が入ったものではなかろうか? で、組み合わせた品種もそれなりのもので、どの名前も捨てられず、三菱東京UFJ式苗をなったに違いない。あるいは、この品種を作った人がやたらと凝り性で、品種にたとえば昔のヨーロッパの有名なバレリーナかなにかの名前をつけたのかもしれない。(有史)

いびつなるおにぎり持ちて春惜しむ       上川美絵   

  風船の梢に止まる蚤の市            榊 睦子   

風船/梢/蚤の市、この配合が確実に映像的リアリティを醸し出していると思いました。風船の色については、全く触れられていないのに赤い風船が風に揺れる姿がはっきりと見えてくる。(宗一郎)

  汚れても春の泥なら良しとする         上川紗央里  

春の泥なら許されるから不思議。(紀代)

春雨の昼のくらさの机辺かな          明隅礼子   

春雨には何となく春愁に通ずるものがある。それがこのくらさだろう。(けい子)

貝の洞渦巻く果たて桜散る           天野小石   

  田楽の香り二階の父起こす           大山由美子  

もう暮れたか。山椒の芽あえの味噌の匂い、母さんの味とおんなじだ。なあ、今夜は一本つけてくんな。(茂喜)

  東京タワー幽霊めける黄沙かな            仙田洋子   

東京タワーを幽霊と把握した感性は非凡。(法弘)

  春潮の光空より汐見坂             武藤スエ子  

  ホイアンの貝殻まとふ春の壺          西村我尼吾  

日も風もほしいままなる桜かな         榊 睦子   

半跏坐の弥勒にあはき春の影          池永 寛   

  下書きの線うつすらと春の昼          澤田和弥   

  春真中ポンと撥ねたるコルク栓         満井久子
   




                           (4/15 天為ネット句会管理担当 天野小石)