小原啄葉句集 『平心』
(2006年5月 角川書店刊)
句集名「平心」は、袁枚の「鎖夏詩」の「平心自想無
官楽」から採った。袁枚は、清代の清新な作風で知ら
れる詩人で、「優れた詩は、真情のまま表現すべきで、
作為的な技巧や修辞にとらわれてはならぬ」と主張し
た人。中国の好きな詩人の一人である。さらに、日々
を出来るだけ明るく穏やかな心で過ごしたいという近
年の願いもこめて選んだ。
(小原啄葉 あとがきより)
<収録作品より10句>
くるぶしに草のつめたき初蛍
家の中まで混んでゐし祭かな
生家には凭る柱ありとろろ汁
よろめいて掴む高さに鶏頭花
掃除機が冬至南瓜によく当る
胸押して来る一枝より剪定す
あらくさの剛きも入れて夏花とす
死にたい日死にたくない日午睡婆
どのかほもてらしてまはる走馬灯
甲斐は秋蛇笏の山と龍太の川
<句集評>
小原啄葉句集『平心』
――静かな幸福感――
明隅礼子
『平心』(角川書店)は小原啄葉さんの第六句集である。平
成十五年から十七年までの三年間の作品三百八十一句が収め
られている。一読して、やわらかな温もり、そして静かな幸
福感に浸ることのできる句集である。第四句集以降は、三、
四年ごとに句集を纏められ、精力的に作品を世に送り出して
おられる。
句集の中心を成すのは、作者が居を構えておられる岩手、
みちくの風土詠である。作者はかつて『風土の詩』(角川書店)
の中で、「俳句は風土の詩であり、庶民の生活の詩なのである。」
と述べているが、本句集の収録作品においても、雪国の暮ら
し、農業、村の伝統行事、家族等、生活の礎となる様々な事
物が、生き生きと描かれている。どの句も、作者の口からふ
わっと零れ出てきたような自然な滑らかさがある。しかも、
眼前の世界を丁寧に切り取る視点は決してぶれることがない。
あとがきによれば、句集名の『平心』は、清代の詩人袁枚の
「鎖夏詩」の「平心自想無官楽(平心自ら想ふ無官の楽しみ)」
から採られたとのことである。石川忠久『漢詩をよむ 夏の
詩一〇〇選』(NHK出版)によれば、この詩は役人生活をや
めた袁枚の解放された心情を表している。作者の現在の心境
に通ずる所があるのであろう。あとがきでは、袁枚が「優れ
た詩は、真情のままを表現すべきで、作為的な技法や修辞に
とらわれてはならぬ」としたことも指摘している。これは現
在の作者の作句姿勢を示す言葉でもあろう。
さて、具体的な作品を見ていきたい。
まず目を引くのは、長閑で平和な農村の光景が詠み込まれ
た作品である。
麦を踏みゐしが花嫁見に駆くる
たんぽぽや村の端まで道見えて
馬上より一ト声かかる草相撲
炭焼の爺が一茶の句を言へり
ぶらり出て行きしが畦を焼いてをり
一句目、質素な日常生活の中で、美しく慎ましやかな花嫁
の姿を目にすることは、子どもならずとも心踊ることであり、
婚礼は村の暮らしで一番のハレの行事である。麦踏みをして
いた人も、花嫁を一目見たくて、知らせを受けるや否や、野
良着のままで駆け出したのである。花嫁を中心とした晴れや
かな一行と、それを取り巻く村人たちという光景が髣髴とし
てくる。
二句目、絵本に出てくるような、狐や兎も通る長い長い道。
視界を遮るものもなく、全景が見渡せる。冬の間雪に閉ざさ
れていた道が、春の訪れとともに再び姿を現す。春を迎える
喜びが、たんぽぽに強く込められている。
雪国ならではの生活に根ざした雪の句も印象深い。
わが声をわれのみ聞いて雪野ゆく
雪籠声を出さねば直ぐ老ゆる
屋根の上の御慶となりし雪下し
一句目、見渡す限り雪のみの、だだっ広い雪野を思い浮か
べた。そのような野を歩いてゆく時、ふと声を出してみても、
こんなにも静かなのに誰の耳にも届かない。心細さというよ
りは、我が身が雪と一体になったかのような、自分が発した
のは人語ではなく雪の世界の言葉ではなかったかと思わせる
ような、不思議な感覚を味わった。
二句目、何日も家から出られなくなり、外界との交流も途
絶えがちな雪籠。声を出さずにいると、雪の静けさに生気を
吸い取られかねないような雪の厚み。雪解けになってみると、
まるで浦島太郎の話のように、外界では何年も年月が流れて
いるのかもしれない。
本句集には、馬、鶏、蛇、蛍、蚕など様々な生き物が登場
する。それらの作品には、生命への賛歌が感じられる。
負鶏を毛布に包み畦帰る
くるぶしに草のつめたき初蛍
馬市の馬へ大きな塩むすび
風邪の馬塩もて舌を擦らるる
一句目、一つ前の句「蕗の葉をもて闘鶏の血を拭ふ」と共
に闘鶏の景が詠まれている。下五を「畦帰る」としたことで、
負鶏への思いと共に、生活感が出た。
二句目、しっとりとした情感のある句。そしてどこか幻想
的な句である。澄んだ空気の感触が伝わってくる。
三、四句目は馬を詠んだ作。自註現代俳句シリーズの『小
原啄葉集』(俳人協会)を繙くと、数多くの馬の句に出会う。
作者の初期の頃の作に、
育馬日誌野のすずらんを栞とす (昭和二十七年)
初騎は貞任橋のあたりまで (昭和二十八年)
等がある。当時は町中でよく乗馬姿を見かけたそうである。
馬産王国であった岩手ならではの景が長年に渡って詠み続け
られている。人馬一体と言われた時代はとうに過ぎているが、
みちのくの風土にとっては欠かすことのできない動物なので
あろう。どの句も家族に対するような馬への愛情に満ち溢れ
ている。
回想と思われる句を含め、ご両親を詠んだ句も多い。
凶作の父啻ならぬことを言ふ
ある日の母新藁に伏し哭きゐたり
啄木忌ははを泣かせしこと三たび
ちちははに悔いひとつづつ籠枕
子どもへの威厳を保つと同時に、一手に家族への責任を負
っていた父親。いつも優しく、愚痴ひとつこぼさない、働き
者の母親。そんな母親が泣き姿を見せる時、息子は胸を締め
付けられる。思い出すたびに新藁の香りも蘇るのである。
「滑稽味」は作者の俳句の中で大きな位置を占めている。
敗蓮の揺るるは愚痴るにも似たる
掃除機が冬至南瓜へよく当る
冬桜つまらなさうに咲きゐたる
ひきがへるほどに意地張ることもなし
足先で寄する湯たんぽ遠ざかる
一句目、どこか悲しげな、どこか投げやりな敗蓮の一群。
それが一斉に揺れる時、愚痴るという翳りをもった行為と通
底するものが現れてくる。「愚痴る」というとらえ方が面白い。
二句目、句意は明らか。本句と並んで、「扉止めに冬至の南
瓜置いてある」とあり、立派な冬至南瓜が、すっかり寒くな
った家の中で存在感を増している様子が窺える。
作者は、旅吟でも多くの佳句を得ている。恐山、知床、河
口湖などの句が見えるが、特に遠野九句と前書きのある連作
は深い思いが感じられる。
蓮台野見ゆる北窓開きけり
姥捨の野へ伸ばしたる凧の糸
雛の間の隣りは座敷童子の間
一、二句目、その昔、六十歳に達した老人がすべて追いや
られたという蓮台野、姥捨の野。長い雪の季節の間、どのよ
うな暮らしが営まれていたのであろうか。去来する様々な思
いを抱きながらも、春が来れば、重く頑丈な北窓をゆっくり
と開くのである。凧の糸もどこか頼りなく、いつまでも上空
を彷徨っている。雄雄しい凧もひとたび姥捨の野へゆくと、
淋しい凧となる。これまでにも多くの遠野の句を詠まれてい
るが、作者の還暦前の作品である、<地吹雪やさきのさきまで
姥捨野(昭和五十六年)>、<夕風に雪庇のとがる姥捨野(昭
和五十六年)> 等と比較すると、姥捨野に対する思いがより
深まっているように感じる。
三句目、雛人形が華やかに飾られた旧家に、小さなお客様
が次々にやってくる。女の座敷童子であろうか、隣の部屋か
ら雛の宴の様子を覗き、時には客に交じって雛菓子に手を伸
ばしている。きっと子どもにしか見えない座敷童子なのであ
ろう。雛の日の晴れやかさと、座敷童子のいる家のめでたさ
がよく表れている。
本句集には、若い世代が守ってゆかなければならないもの
が何であるのか、詩情とは何であるのか等等、様々なメッセ
ージが込められているように感じた。しんしんと雪の降る静
かな夜に、燃えさかる火をやや遠くに眺めながら、読みたい
句集である。
最後に、言及できなかった心に残る句を挙げて筆を擱く。
初鮭の婚姻色の切身焼く
くちびるへ花麩の寄れる冷し汁
どのかほもてらしてまはる走馬灯