天為秀句選

 蒐玉集 ― 朗人・推薦   (平成20年10月号)

 

   「天心集」より

  よく遣ふ草かんむりや早苗月          小林 巳之

  産土の星降る茅の輪くぐりけり         和久田隆子

  あの辻を曲がれば父のパナマ帽         瀬戸口靖代

  幼年やうつとりと蟻おぼれさせ         仙田 洋子

  昼寝の子一暴れしてまた眠る          日原  傳

  子はすぐに雨を見にゆく梅雨入りかな      明隅 礼子

  うなぎなほうまし茂吉の貌模せば        久野 雅樹

  月給に富まず貧せず暑さかな          大和田榮治

  かごめかごめ籠のなかより羽抜鶏        深谷 義紀

  夏芝居戸板に乗せられる役も          佐藤 至子

  蚊帳吊つて中の暑さを確かめぬ         寺澤 一雄

  万緑や青春の日は車座に            対馬 康子

  睡蓮の尖の紅より目覚めたり          紅林 照代

  フェルメールの窓に一条晩夏光         津久井紀代

  一瀑をしつらへてあり檻の中          丸谷 三砂

  青胡桃ぴしぴし打つて山雨来し         石川 克子

  半周で疲れちまつた燕の子           木場 瑞子

  昭和とは冷しラムネと原節子          佐藤 小枝

  閉門の寂光院に蟾のこゑ            塩原佐和子

  裸のマハをりて着衣のマハをらず        熊谷佳久子

 

   「天為集」より

                  選評     − 有馬 朗人 −

  雲海に富士渾身の夜明かな           関谷 藤樹

 雲海の上に富士が大きく聳えている。東の方の空から明るくなり、一面に夜明けが広がる。その夜明けは富士が渾身の力で広げているように見えたのである。雲海と言い、渾身の夜明けと言い、富士の雄大さをよく表現している。句調も又重厚であり、荘重である。作者は地上から富士の夜明けを見上げているのかもしれないが、私は作者が富士に登って自分自身も雲海の上に立ち、富士を背後にして日の出を待ちながら、この句を作ったのではないかと思う。
 私たちは日常生活の中の面白さ、人事句の面白さにどうしても捕われ勝ちであるが、もっとこの句のように自然を詠うべきである。


  辻講釈はじまる小江戸寺薄暑          丸山 記代

 小江戸といえば埼玉県川越である。又川越の寺といえば春日局の喜多院であろう。薄暑の頃の休日、喜多院ではいろいろな大道芸や、見世物が行われて市民や観光客を楽しませている。今ちょうど辻講釈がはじまった。その話は川越城主柳沢吉保が甲府藩主に出世していく話ででもあろうか。薄暑であるから、少々暑いくらいで、涼しい風を受けながら、或いは木陰の下に立ちながら聞いていると気持ちよく感じられる季節である。辻講釈も小江戸らしいものであるし、小江戸の、それも喜多院らしい賑わいが佳く描かれている。薄暑の頃の小江戸の明るい楽しい雰囲気が、辻講釈によって具体的に目に浮かんでくるところが佳い。


  菜の花や風と話しをしてをりぬ         西丸 寛月

  「菜殻火は観世音寺を焼かざるや」と川端茅舎が詠った程、昔は北九州あたり、菜の花が沢山咲いていた。長崎あたりでもそうであったのではないであろうか。今でもそうかもしれない。その沢山咲いている菜の花が皆風と話をしているようである。そのような童話のような光景である。
 風と話をしているように見える花は他にもあるであろう。しかし春の野で一斉に咲いている菜の花が一番風の友達にふさわしいと思う。この句では「話をしてをりぬ」と優しい調子で述べている点も、童話的な雰囲気を生み出す上で成功していると思う。


  旧仮名の祖父の日記や苔の花          山崎 好裕

 好裕さんのお祖父さんであれば、戦前の教育を受け旧仮名に馴染んでいて、日記となれば旧仮名で書く方が自分の気持ちが自然に表わせたのであろう。日常の外向きの文書はきっと現代仮名遣いを用いて書いたかもしれないが、日記となれば旧仮名の方が書き易かったに違いない。その祖父の日記を読みながら、机の上に置いてある盆栽の木を見たところ、その鉢に生えた苔が花になって茂っていたのである。そしてこの盆栽も祖父が可愛がっていたのだと、苔の花をいとしく思い、旧仮名で書いてある祖父の字を懐かしく読みなおしたのであった。旧仮名の祖父の日記と苔の花の照応が佳い。


  西瓜ひとつ叩かれつづけ売れ残る        笹下蟷螂子

 西瓜を買うとき、多分誰でも先ずそれを叩いて良い音がすると思うのを選ぶであろう。私もそうするけれでも、本当にどんな音がするのが良い西瓜なのかは知らないのである。店頭に西瓜が沢山並んでいる。その一番目立つ所に一つある西瓜は、買い手が先ず目をつけて叩く。しかしそれはそのままで奥の方や端の方にあるのを買って行く。それを見ていたわけではなさそうだけれども、次の人も次の次の人も同じように他の西瓜を買って行った。そうして叩かれつづけたこの西瓜がひとつ売れ残ったのであった。それを見てこの西瓜にちょっと同情した様子がこの句にあって面白い。そこにペーソスがあり滑稽がある。


  眠り草チャペルの鐘の響きゐて         遠藤 玲子

 眠り草は含羞草とも呼ばれる。夜が来ると葉が閉じる。手でさわっても閉じる。その眠り草が咲いている近くに教会がある。夕刻が来て鐘が響き渡ると、眠り草がその響きを感じて葉を閉じて行くのであった。日本の風景でもよいが、私はヨーロッパの街を思い浮かべたのである。いろいろな花が咲いている美しい街の夕刻、チャペルの晩鐘が響いてくる。それぞれの花がその鐘の音に反応する中で、特に眠り草が最も素直に眠りに入って行ったのである。平和な夕暮、市民も晩鐘を聞きながら敬虔な気持ちで夜を迎えるのであった。


  骨太の寡黙の父の素足かな           小林 一男

 父は骨太で逞しい。しかも寡黙である。それだけにどことなく威厳がある。その父の素足もがっしりとして磐石な感じがある。
 最も尊敬する寡黙な父を描くのに、骨太な素足に焦点を当てたところがこの句の眼目である。「骨太の寡黙の父」と述べて来て、素足に光を当てた所が巧みである。映画などでも用いられる手法であるが、俳句でも成功の確率が高い手法と言えよう。


  もうすぐで胎児に逢える梅雨の明け       貫井英美子

 じめじめした梅雨、なんとなくうっとうしい梅雨ではあるが、もうすぐ生まれてくる児に逢えると思うと、その梅雨明けが一層待ち遠しく楽しく感じられ、長い梅雨も気にならなくなる。このもうすぐ胎児に逢えるという大きな期待は、自らの胎内に児を育てている崇高な母親のものである。どんな目鼻をしているであろうか、可愛い児であるに違いない。その児に逢えるということは大きな母親の喜びであるが、そこにはきっと胎児がこの世の光を初めて感じる喜びに通じるものがあるであろう。このような祈りの気持ちも感じられる句である。


  ビフテキの皿をはみ出す暑さかな        佐久間裕子

 大きなビフテキが食べたいと、私は若い時代に思ったものである。その願いが実現したのは、一九五九年八月シカゴの研究所に就職したときである。その頃の日本はまだ戦後の貧しい時代であり、日本では大きなビフテキはめったに食べられなかった。皿をはみ出すようなビフテキ、しかも今日は暑さのきびしい日、食欲の盛んな若者にとっても、このビフテキは少し大き過ぎるようだ。でも若い人にとってはこの暑さは、いよいよ海で泳ぎ、山登りを楽しむ夏を意味する。皿をはみ出すビフテキも若さの象徴、これを食べて体力をつけ、この暑さを克服して行こう。こんな力強さが感じられる句である。


  一目散に飛び下りて来て男滝かな        久保 聡子

 何段かになって落ちる滝と違って、一段でさっと落ちる滝はまさに男滝だと思う。滝口までさっとためらわずに流れて来て、そこから一目散に飛び下りる滝、それは男滝だと感じたのである。この句の面白さは「一目散に飛び下り」ると表現したところである。いかにもわき目も振らずに馳せて来てえいと飛び下りるような男滝の勢いのよさを、ずばりと表現したところが巧みである。一目散という言葉を見付けたことによってこの句が成功したと言えるのであろう。
 このような適切な言葉を見つけることに不断の努力を重ねる必要があると思う。