十人十色2022年10月 福永 法弘選
猛暑日や地球を護る十七項★山根 眞五
二〇二五年大阪万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」だが、三つあるサブテーマは「いのちを救う」「いのちに力を与える」「いのちをつなぐ」と未来への危惧が表出されており、一九七〇年大阪万博の「人類の進歩と調和」の未来肯定型とは対照的である。
SDGsは我々が直面する危機的課題解決のための計画・目標のことで十七項目ある。【貧困】【飢餓】【健康・福祉】【教育】【ジェンダー】【水・衛生】【エネルギー】【経済成長と雇用】【インフラ、産業化、イノベーション】【不平等】【持続可能な都市】【持続可能な消費と生産】【気候変動】【海洋資源】【陸上資源】【平和】【グローバルパートナーシップ】。
この句の季語の猛暑は【気候変動】の表れだ。有馬先生が俳句のユネスコ無形文化遺産登録に心血を注いでおられたのも、俳句が【平和】をもたらす一手段であるとの確信を持っておられた故だ。もうすぐ先生の三回忌が来る。改めて先生の思いを噛みしめてみたい。
藻の花の流れに諸手ひたしけり★高木 秀夫
七月末の猛暑の一日、中仙道醒井宿で梅花藻を見た。梅花藻は清流の、しかも水温が十五度前後の流れの速い水中に咲く。この句、冷たいとも気持ち良いとも一言も書かれてないが、三十五度にも達する猛暑の中、藻の花が咲く冷たい小流れに両手を浸す幸せは、経験したものでなければわかるまい。
切字の位置は大切である。どこでもいいから切ればよいというものではない。「藻の花や」でもなければ「流れや」でもない。「けり」の切字が「浸す」という動作に添えてあることで、作者の感動が「浸す」という行為にあることを示している。
青葉木菟星の匂ひの森に棲み★三好万記子
中七の「星の匂ひの森」がこの句の眼目。見事な感性。作者の代表句の一つになるのではなかろうか。
「星の匂いのする森」と言っているのだが、読者が逆に「森の匂いのする星」と受け止めてしまう危うさを秘めている。なぜなら、誰も地球以外の「星の匂い」を嗅いだことはないが、「森の匂い」には共同幻想があるからだ。これにより、我々の住む「銀河系字地球」という星が、深い森の静寂とフィトンチッドに満ちた、かけがえのない世界だということがわかる。一種の倒装法と言えるだろう。
リングノートちぎりし手紙日のさかり★永野 裕子
リング綴じはページを開いたときに完全に平らな状態になるので、スケッチブックやノートなどに利用される。この句、ページを切り離す時の独特な感覚も蘇るし、日盛りにそうせざるを得なかった苛立ち感もある。そもそも、手紙に使う紙ではないので、これをちぎって手紙にしたのは、よほど急いでいて、かなり親しい仲ということになるだろう。リングからちぎって外れた側のギザギザが妙に生々しい。
モビールのぴくりともせぬ暑さかな★江川 博子
モビールは動く彫刻とも呼ばれ、紙やプラスチック、金属板など軽い素材を糸や棒で上から吊るしたもの。風や人の手で動かすと、複雑な形に変化する。彫刻だ、芸術だなどともったいぶって言わずとも、赤ちゃんのためのオルゴールメリーや変種の風鈴とでも思えばわかりやすい。
そのモビールがぴくりともしない、すなわち、全く動かない。そしてそこに暑さを感じるというのだ。季語の「風死す」を視覚的に表現した一句。
白南風やみんな海向く鳩サブレー★古宮 節子
鳩サブレーは鎌倉の豊島屋が製造・販売している銘菓。常に一方向を向いているが、それが海の方向だと断定して詠んだのがこの句の手柄。白南風の季語もぴたりと決まり、軽やかで爽やかな句だ。
店主が、明治の初めに外国人からもらったビスケットを苦心の末に再現したもので、鳩の形と名前の由来は、鶴岡八幡宮の掲額と境内のハトにヒントを得てのこととか。
含羞草人を待たせる夢ばかり★金山 哲雄
夢占いの本によると、人を待たせる夢は、誰を待たせるかによって解釈に幅があるが、良い方では「積極的に行動すれば、それだけたくさんの幸せが訪れる」ということらしい。
含羞草は別名おじぎ草。葉に触れるとおじぎのような動きをするのでその名がある。「待たせてどうもすみません」と謝っているようにも見える句だ。
女三人さうめん啜る音ばかり★合𠩤 美紀
昔、姉妹三人の漫才師「かしまし娘」が一世を風靡した。三味線を弾きながらのテーマソングは「ウチら陽気なかしまし娘。誰が言ったか知らないが、女三人寄ったら、かしましいとは愉快だね」と、実に姦しい漫才師だった。
この句、世間が思う三人女の姦しさとは違って、静かに素麺を啜っている光景。コロナ禍による黙食かもしれない。
西東三鬼に(緑蔭に三人の老婆わらへりき)というのがあり、シェークスピア『マクベス』の冒頭には三人の魔女が出てくるが、女三人というのはある意味定番であり、不気味でもある。
雲海の何処か方舟着きをらむ★藤域 元
作者は広島の人。広島の山中には盆地が多く、雲海や霧海が多く発生する。有馬先生が会長をされていた国際俳句交流協会の現会長で「風の道」主宰の大高さんは三次市の出身で、俳号をその地の名物に因み「霧海」とされている。雲海も霧海も発生すればすべてを包み隠す。外からは中に何が包まれているか一切見えず、想像するしかない。そして何をそこに想像かつ創造するかは作者の腕次第だ。方舟とは時間も空間も乗り越えた見事な飛躍。
虫燻す検断屋敷の夏炉かな★小林 祐子
江戸時代、街道の宿場で伝馬(往来の大名などへの宿泊、人足・馬引など輸送の手配)を取り仕切ったのが本陣だが、仙台藩の七ヶ所街道では検断と呼ばれた。本陣よりも小規模である。そのうちの一つ、白石市上戸沢の検断役木村家の母屋が宮城県指定の有形文化財として公開されている。江戸中期の建築で、害虫や腐食から建物を守るため、今もいろりが焚かれ燻されている。
蟬穴を出でざる異変土用照★西山 昌代
今、世界中で激しい気候変動が起き、異常であることが常態化しつつある。土中に七年余も過ごし、命の最後の一週間を地表に出て生を謳歌するはずの蟬が、あまりの暑さに、穴を出てこないのだ。まさしく異変。
弾に散る命さまざま蕎麦の花★堀内 弘之
ウクライナではロシアの侵略で多くの市民が、アメリカでは銃の無差別乱射で学生たちが、そして世界一安全と言われる日本では元総理が改造銃によるテロで、かけがえのない命を失った。蕎麦はロシアが世界一の産地。白花が切ない。
トカゲの尾えのぐのいろではえがけない★江藤 慧(六歳)
中村草田男に(蜥蜴の尾鋼鉄(まがね)光りや誕生日)がある。尾に光が当たり金色や虹色に輝く蜥蜴を「絵に描いてごらん」と言われても、きっとこう答えるしかないだろう。
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