天為俳句会
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十人十色2023年3月 対馬康子選

   これでもか「銃・病原菌・鉄」小六月★鈴木 弥生

  銃による殺戮、病原菌による死亡。木の文明ではなく鉄の文明が作り出す非人間性。今世界はグローバリズムの負の側面が露呈し、分断化の方向へ絶えず変化しながら動いている。「」は挙げられた例示が限定されたものではなく、そのほか数えきれないほどの不安定化の要因があることを示している。 冒頭で「これでもか」という怒りの言葉が使われているが、拭い去ることのできない社会に対する不安が、小春日和の時期でありながらも高まっていることと呼応して、小六月という季語の本意を逆説的に打ち消している。
  原句には「」が付いていなかったが、書名としてあるので付けさせていただいた。ちなみに『銃・病原菌・鉄』は、一九九七年刊行のアメリカの進化生物学者であり作家のジャレド・ダイアモンド著による「なぜ人類は五つの大陸で異なる発展をとげたのか」という壮大な謎に挑むノンフィクションである。

  掲句から私は「新年に思う 日本の役割」と題した有馬先生の最後のエッセーを思い起した。アメリカと中国の関係が円滑でないことを懸念して、その時代に日本が背負う重大な役目があるのだと言う。争いの歴史の中で日本は古代より独立を保ち続け、さらに日本独自の文化に中国や西欧の文化を導入し学んできた。日本は「中国とアメリカ・西欧両方の文化文明を良く理解している国として、中国とアメリカ・西欧の仲介役として、世界の特にアジアの平和と文化文明に力を尽すべきである」と強く提言している。そして、俳句をユネスコ無形文化にすべく努力をしているのもこうした考えに基づいているのだと。
  師と同じく弥生さんもまた、時代への思いを発せずにはいられない。気骨ある姿が伝わる一句である。

   曼陀羅図巻きて小春も仕舞ひけり★有若 幸子 

「小春」は「小六月」と同じ陰暦十月のことで、本格的な冬の訪れを前に春先の陽気を思わせる暖かい日和である。
  お寺で拝観したのだろうか、曼陀羅図に広がる仏教宇宙にやわらかな初冬の日差しが巻き込まれていく。一句に仕立てる表現がうまい。曼陀羅図という思想世界に包まれて、諸事万端救われる思いを作者は直感的に感じ取ったのだ。小春という季語の本意が活かされている。

   嵐電の鳴滝を降り初時雨★津田 卓 

  京都の鳴滝は芭蕉の「野ざらし紀行」に、奈良から「京に上りて、三井秋風が鳴滝の山家を訪ふ」とある。秋風は豪商であるが、別荘(花林園)に清閑して暮らしていた。
   梅白し昨日ふや鶴を盗れし     芭蕉

  広大で美しい別荘の庭には折しも白梅が真っ盛り。芭蕉は、梅と鶴を友として悠々と孤山に隠棲した宋代の詩人林和靖に重ねて、ウイットに富んだお礼の句を詠んだ。
  掲句、京福電気鉄道、通称「嵐電」を鳴滝駅で降りた津田さん。こちらは冷たい初時雨に冬の訪れを実感する中で、芭蕉と共に京都らしい風情を満喫している気分が伝わる。

   竜笛に心震はむ朗人の忌★武井 悦子 

  「竜笛(りゅうてき)」は雅楽の演奏に使う横笛。西域で生まれ、仏教とともに日本に伝わったという。「天と地の間、空を翔ける龍の鳴き声」とされ、歴史ある深く澄んだその音色は、朗人先生の生前の姿を浮かび上がらせる。
  昨年十二月の三回忌では、たくさんの有馬朗人忌句が発表され、「素晴らしい言葉による法要」とすることができた。驚いたのは五十二個もの発想があったこと。「大臣(おおおみ)忌」「大雪忌」「千櫛忌」「湯たんぽ忌」「曙忌」「オーロラ忌」「千手観音忌」「鴛鴦忌」などなど、ユニークな朗人忌の作品がより生き生きと先生の世界を広げてくれた。

   窓を開け瑜伽のポーズや冬めきぬ★片平 奈美 

  ヨガのポーズを取り精神を集中し、瞑想し、解放させている。窓を開け初冬の大気の冷たさに心身が包まれる。言葉が支配する俳句によって創作を行う時、主観客観を超えた超現実を現実として受け入れる境地に至ることがある。自己を自然に浸透させ、物と我とが一つになってゆく。そんな思い。

   色褪めし屏風の中に眠る猫★児島 春野  

  古く色褪せた屏風に描かれた猫。落語の「猫屏風」に雪舟のように絵ばかり描いている寺の小僧さんが屏風に描いた猫が、期せずして村人に恐れられていたネズミの化け物を退治した噺がある。一休さんのとんちの虎は屏風から出ることはないままだが、この句の猫は夜にこっそり目を覚まして屏風から抜け出ているかもしれない。季語に空想を及ばせた。

   冬の海滾るも親し父の郷★古川 洋三

  北の海のそばにある父の郷は作者にとっても原風景である。冬の海とそこに生まれ育った父親の姿が「滾るも親し」の措辞に見事に集約されている。堂々とした父恋の句である。

   小商ひ翁媼の熊手市★河本 順 

  威勢良く声が飛び交う熊手市は年末らしい縁起物である。にぎわう市のふとその隅に目をやれば、ひっそりと「小商ひ」の店があった。世のすう勢通り売り手も買い手も年老いている。翁や媼ばかり。売っている熊手も小ぶりなのではないか、と勝手に想像した。一見古そうな景だが逆にこれが現実。高齢化に対して余裕をもった詠みぶりに共感した。

   明方の咳と闘ふ正座かな★加茂 智子

  ぜんそくや風邪など、咳込むときは本当に苦しい。特に明方や夜間は気温の変化や気管支の粘膜の刺激によって、つらくなることが多い。「闘ふ」の言葉通り、咳は体力を激しく消耗する。大人の喘息で亡くなる方もある。発作の時は気管支を広くして少しでも楽にいるために、正座の方がいいのだろうか。孤独な臨場感がある。頑張れ、と言いたくなる。

   聖菓切る袖口硬きドレスシャツ★町田 博嗣 

  レストランでのクリスマスディナー、美味しい食事が終り、デザートのクリスマスケーキを取り分ける。ウェイターの白く糊のきいたドレスシャツの袖口には、聖夜に合わせた洒落たカフスが光っているだろう。スマートで気持ちのよい給仕ぶりまで伝わってくる。誰が、どうしたという説明はなく、袖口にだけ焦点を当てた省略が効いている。レストランに訪れた人々の華やかで幸せな聖夜のひと時が目に浮かぶ。

   やきいもの火の番人となる友だちと★荒川 麻梨子(小二)

  麻梨子ちゃんは、一月に行われた「ハポン支倉常長俳句大会」で見事に小中学生の部大賞に選ばれた。おめでとう。
   秋の星「こんぺいとう」のバレエかな  麻梨子

  金平糖が十六世紀にイベリア半島から伝わったことを背景に夢のある作品だ。この句も「火の番人」がかわいらしい。

   日の影に深い紅色冬もみじ★杉山 恵洋(中三)

  単に紅葉が紅いというのではなく、寒い「日の影」に取り残されたような紅葉に思春期の陰影が表れている。

   イグアナがしっぽのばして日向ぼこ★江藤 慶祐(小三)

  イグアナを実際に飼っているのだろう。イグアナのからだではなく「しっぽのばして」の観察がとてもいい。

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