天為俳句会
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十人十色2023年10月 福永 法弘選

 
    六月の移動図書館地域猫      ★木村 史子    

 移動図書館は交通不便な地域の住民、あるいは、身心の障害等で来館できない人などを対象に行われるサービス。欧米では古くからあったが、日本では戦後、図書館法に公立図書館はこのサービスの提供に努めることと規定され、現在、三百以上の地域で実施されている。地域猫は「地域で管理されている野良猫」のことで、特定の飼い主がいない点は野良猫と同じだが、地域住民がその合意と責任の下、えさ場やトイレを設置し、適切に面倒を見ている猫のことを指す。私の自宅そばの京成線西登戸駅には以前、「花ちゃん」という名の地域猫がいて、駅のアイドル化していたことをふと思い出した。
 六月の梅雨晴れの一日、回って来た移動図書館に人々が集う中、地域猫が、住民の一人(?)として、当然のごとくやってきたのである。のどかな一コマ。   

    逃げ水を待たせ循環バス停まる   ★田中 九青    

 よく晴れた日、熱せられたアスファルト路面に、水溜りができたように見えるのが逃げ水。近づくと、その水溜りは一定の距離を保って遠ざかる。循環バスは同じルートをぐるぐる回る。バスが停まれば、逃げ水は逃げるのを止め、その場に留まる。バスが動き出せば逃げ水もまた動き出す。逃げ水と循環バスとの、のんびりとしたサーキットだ。   

   バス停は青葉の庇貴船川       ★河本  順    

 貴船は京都市内から車だと一時間弱で行ける避暑地だ。気温も市内に比べると四、五度は低く、川の上に張られた川床で味わう夏料理にはえも言われぬ涼味と風情がある。電車だと叡電貴船駅からバス、または徒歩。貴船川にって走る道路いにあるバス停を、道の両側から張り出した新緑の木々の枝々が覆い、日差しも雨の雫も遮ってくれる。   

    反戦句落選ばかり原爆忌      ★岡崎志昴女    

 八月六日に広島、九日に長崎に原爆が投下され、多くの人命が一瞬にして奪われた。あれから七十八年。原爆許すまじの心を持って、無数の反戦句が作られ続けている。しかし、新聞などの俳句欄に投句しても、なかなか入選できない。それはそれで残念なことだが、だからと言って、反戦句を作ることを止めてはならない。反戦を叫び続ける、反戦句を作り続けることが肝要なのだ。   

   隔てしは十五光年星祭        ★堀内 弘之    

 織姫と牽牛は一年に一度、星祭の夜にうことを許されている。織姫は琴座の一等星ベガで、牽牛(日本では彦星)はわし座の一等星アルタイルとされているが、この二星の実際の距離はおよそ十五光年。光速で十五年かかる距離を一年に一度通うのだから、「愛は光より早い」のである。   

   アイスクリーム売り牛を飼ひ農学部  ★長岡 ふみ    

 作者は文京区在住なので、もしかして東大農学部のことかと思い、そこの関係者に聞いてみたが、弥生と本郷どちらのキャンパスでも牛は飼っておらず、アイスクリームも作ってないとのこと。だが、北海道の帯広畜産大学では牛を育て、「畜大牛乳」、「畜大アイスクリーム」を製造販売しているそうだ。旅の機会があれば立ち寄って楽しみたい。   

    青田道ヘメロカリスの色添へて   ★小林よしゑ    

 ヘメロカリスは、ワスレグサ属(ヘメロカリス属)の多年草。初夏に開花し秋まで咲き続ける。日本ではニッコウキスゲやノカンゾウ、ヤブカンゾウなどもこの仲間。土壌をあまり選ばず、一度植え付ければ、毎年開花するたくましい花だ。
 青田のすがすがしさが薫るあぜ道に、ヘメロカリスが白、赤、ピンク、オレンジ、黄など多種多様な彩りを添えて、初夏の命の輝きが眩しい。   

    闘病に淡きマニキュアねむの花   ★浦島 寛子    

 病と闘うのに最も大事なことは、焦らず気長に、必ず治るとの信念を持ち続けること。そして、女性であれば特に、身だしなみに注意を払うことが肝要。合歓の花色のような淡いマニキュアを塗る、もうそれだけで、心が軽くなり、気力がわいてくるはずだ。   

    野馬追の武者復興へ奮ひ立つ    ★我妻千代子    

 相馬野馬追は相馬市を中心とする福島県浜通り地方に伝わる勇壮な祭りで、相馬氏の遠祖である平将門の軍事訓練を起源とし、戊辰戦争後の数年を除き千年以上も続いている。
 平成二十三年の東北大震災で相馬市は死者・行方不明者六百人以上という甚大なる被害を受け、更に福島原発事故の影響も大きく、その年の野馬追の開催が危ぶまれたが、場所を移し、「鎮魂と復興への祈り」をテーマに実施された。まさしく、相馬武者たちが、復興へ向けて奮い立ったのである。その後、復興は年を追うごとに進んではいるが、往時の賑わいには程遠い。東北の戦いはまだまだ続く。   

    目印は朴の花なり我が住ひ     ★山谷 友子    

 転居し、そして転居通知の隅に「大きな朴の木が目印です」と散文で書く代わりに、この一句を添えたのだ。
 大正時代の境涯俳人富田木歩の句に(桜散る墨田来て鳥居曲がるべし)がある。家移りした際、知人らに出した転居通知に添えた俳句だ。鳥居とは牛島神社の大鳥居のこと。
 転居通知にこうした俳句を添える、なかなか粋だ。   

    晩年は鯰のやうに気ままにと    ★津田  卓    

 鯰が日頃どんな暮らしをしているのか、私は寡聞にして知らないが、「気ままに」と詠まれた途端、「ああそうか、鯰は気ままに暮らしているんだ」と妙に納得させられてしまった。永田耕衣の俳句に(泥鰌浮いて鯰も居るというて沈む)というのがあるが、沼底には泥鰌や鯰のパラダイスがあるらしい。   

    俳句といふ名の香水や耳朶に    ★大和田和子    

「HAIKU」という香水はミルコ・ブッフィーニというフィレンツェの香水メーカーが製造している。知人の香水のプロに聞いたところ、ダマスクローズ(野ばら油)とベリーに甘香のホワイトフラワーとバニラをブレンドしたベースがフェロモンチックな香りを醸し出し、さらに、残香が長く引くようにムスク(麝香鹿に由来する香料)とアンバーグリス(鯨の龍涎香)をミックスしたものが加えられているそうだ。即ち、フェロモンチックなトップノート(第一印象)と包み込むような爽やかな残香を持つ香水ということ。
 芭蕉の(古池や蛙飛び込む水の音)のイメージを、静寂の中にぱっと飛び散る水の美と捉えて調合したのだそうで、早速、ハンドジェルを購入してみた。私が思う芭蕉の印象ではなかったが、残香がなかなか良い。   

    水馬の水輪にひづむ水鏡      ★岡部 博行 
    みづすまし影を大きく心字池    ★小林  清  

 水馬あめんぼうとみづすましは同じもの。面白いことに、この二句はほぼ同じ光景を見ながら、一方は水面の歪みを、もう一方は水底に映る影を詠んでいる。表面張力によって踏ん張った脚が生む水輪は水面をひずませて何とも理科的。そして、脚で押した水の窪みは光を屈折させ、水底にこれまたシュールな影を作るのである。ともに写生のしっかりした句。

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