天為俳句会
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十人十色2024年2月 福永 法弘選

   十日夜「天のつぶ」なる飼料米       ★我妻千代子

  十日夜(とおかんや)は東日本で行われている秋の収穫祭で、稲の刈り取りが終わって田の神が山に帰る日とされる旧暦十月十日の行事だが、その日はまた中秋の名月、十三夜と並んで三さん月つき見みの一つでもある。
  農家にとっては収穫の喜びを分かち合う、楽しみで有難い祭日なのだが、この句で取り合わされているのは「天のつぶ」という福島県オリジナルブランド米。稲が倒れにくく、収量も多くて食味が良好という優良米だが、福島県は今、原発事故後の風評被害もあって低迷する米価や集荷・販売の停滞を避けるために、この「天のつぶ」を飼料用米へ転用するよう補助金などを使って奨励している。食米として改良に改良を重ねやっと出来上がった新品種を、飼料米として出荷しなければならないとは、何かやるせない気になる。

   汝に認められたる句なき寒さかな       ★町田 博嗣

  二通りの解釈が出来る。一つは、自分の句を相手が認めてくれないことを残念がっている図。もう一つは、相手に対して「あなたの俳句で世間に認められている作品なんて一つもないじゃないか!」と毒づいている図。私がこの句にどきりとしたのは、まさに後者と受け止め、私に突き付けられた嘲笑だと感じたからだ。
  「あなたの代表句は何ですか?」と問われて即座に答えられる俳人はそう多くはなかろう。迂闊に代表句だと口に出しても、「知らん」と笑い飛ばされたら、それはそれで切ない。俳句はいわゆる蛸壺文学、塹壕文芸としてその狭い世界でしか語られることがない宿命を負っている。世間一般の広い評価を求めず、自分が認めて欲しいと思う人にだけ認めてもらえたら、それこそが一番の俳人冥利というわけなのだ。その意味で、有馬先生を失った悲しみは改めて深い。私に限らず多くの天為同人・会員は、有馬先生に褒めてもらえることを目標に頑張ってきたのだから。

    ロザリオに秋冷いたる上五島        ★松井ゆう子 

  コロナ禍で人と会うのが制限されていた間、インターネットや取り寄せパンフレット、雑誌などでその地を勉強して句を作り、Zoomによるバーチャルな吟行句会を毎月行っていた。対馬、壱岐、五島も取り上げたが、三島とも祈りの島ながら、対馬は仏教、壱岐は神道、そして五島はキリスト教と、特徴がまるで違うことに驚かされた。五島は人口およそ七万人のうちの一割強がカトリック教徒で、キリシタン弾圧の哀史が数多く残り、五十一ある教会のうち幾つかは世界遺産に認定されている。ロザリオは聖母マリアへの祈りを繰り返し唱える際に用いる数珠状の祈りの用具で、ひんやりした感覚の季語がぴたりと嵌っている。なお、同じ季語を使った杉田久女の有名句<紫陽花に秋冷いたる信濃かな>があることを付言しておく。

    家持の馬並めし浜月を待つ         ★井上 淳子  

  大伴家持は奈良時代の公卿。高級官僚であると同時に三十六歌仙の一人。越中守として赴任中に二百首以上の和歌を詠んだ。句に「馬並めし」とあるのは、彼の歌<馬並めていざ打ち行かな渋谿の清き磯廻に寄する波見に>を踏まえたもので、渋谿の磯は現在の雨晴海岸にあたる。平成二十八年秋の天為同人総会は高岡で行われ、義経伝説でも有名なこの雨晴海岸へ、有馬先生とともに吟行したことを懐かしく思い出す。その折の先生の句に<撫子の靡く妻恋ふ家持に>がある。

    再現の引揚桟橋秋夕焼           ★宮本あき子 

  菊池章子や二葉百合子が歌って大ヒットした「岸壁の母」にはモデルがいる。その女性は昭和二十五年の引揚第一船の舞鶴港入港以来六年間、船が入港する度に岸壁に立って、復員するはずの息子を待ち続けた。舞鶴に帰国できた人は旧満洲や朝鮮半島、シベリアなどから六十六万人に上ったが、息子の姿はなかった。桟橋は引揚事業の終了の後に取り壊されたが、戦争の負の記憶遺産として後世に伝えるべく、平成六年に「平たいら引揚桟橋」として復元された。私も其処に立ったことがあるが、この歌が瞬時に思い出されていたたまれなかった。

    カタリン・カリコ読みて一人の夜長き    ★杉野 知子 

  カタリン・カリコは一九五五年ハンガリー生まれ、アメリカやドイツで研究を続け、mRNAワクチンを生んだ生化学者で、二〇二三年のノーベル生理学・医学賞を受賞した。彼女の生き方と研究を紹介する児童向け(小五、六対象)ノンフィクションが刊行されている(増田ユリヤ著)が、この句は秋の夜長にその本を手にした時のもの。幼少期にハンガリーの豊かな自然の中で科学の目を培い、研究者になってからは様々な苦難に直面しながらも、信念を曲げずに研究を続けてノーベル賞に至る人生が、感動を持って綴られている。彼女から若者に送る言葉に「好きなこと、やっていて楽しいことを仕事にしなさい」とあった。彼女の研究なくしては、新型コロナワクチンがこんなに早く世界に出回ることはなかっただろう。神の配材の不思議さを思う。

   シルル紀の海百合秋の陽に燃ゆる       ★小髙久丹子 

  ウミユリ(海百合)はユリやシダに似た形をしているが植物ではなく、れっきとした海洋動物で、古生代から現代にいたるまで、その形をほとんど変えることなく脈々と生き継いでいる「生きた化石」である。シルル紀は、地球の地質時代の一つで、古生代に属し、四億数千万年前あたりの年代。その頃に、生物の本格的な陸上への進出が始まったのだそうだ。ウミユリのDNAに刻まれた太古の記憶が、四億年後の現代の秋陽を受け、めらめらと燃えるように揺らぐ。

   二股の大根走り出す構へ           ★喜多村純子

  大根は土壌に含まれた小石や肥料の塊などの影響を受け、簡単に二股や三股になるらしい。ただそうなったとしても、味や品質に問題はないようだ。古くから、女性の豊かな肢体を思わせる形や艶などから、縁起物として商売繁盛を願って大黒天に供えられたりした。葛飾北斎の「大黒に二股大根図」は有名で、大黒天が肩に二股大根を担いでいる構図だ。二股の形を走り出す構えと捉えたところがこの句の手柄。

   手すさびに辿る小春の時刻表        ★嶋田 香里

  鉄道マニアにはいろんな種類がある。乗るのが好きな乗り鉄、写真や動画の撮影に燃える撮り鉄、模型作りに励む模型鉄、問題ありだが備品やヘッドマークを盗んでコレクションする盗り鉄など。また、時刻表マニアもいて、かつては時刻表検定、鉄道旅行検定なる公的資格がありブームになったりしたが、近年はスマホやパソコンで簡単に検索できることから、検定は廃止された。
  作者は小春日の手すさびに時刻表をめくり、時の過ぎるのを忘れて、想像の旅に浸ったのだ。ITに慣れ切った現代、時刻表を自在にこなせるのは貴重なスキルと言えるだろう。

    皮だけのまあるい熟柿日に透けて       ★神田 弘子 

  我が家には柿の木が二本あり、毎年欠かさずたくさんの実を付けてくれる。高いところの実は採らずに、というか、採るのが難しいので残しておくのだが、まあ、鳥への分け前だ。鳥は嘴で中身だけをえぐって食らうから、外の皮の部分だけが枝に残って中が空洞になり、夕日が当たると美しく透けて見える。晩秋の風情の一つである。
    
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