天為俳句会
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十人十色2024年3月 大屋 達治選

   みちのくの師走の町を熊走る      進藤 利文

  昨今は、日本各地(本州以南)で、ツキノワグマが、山や森から人里に出て来ることが多くなった。人が噛まれたり、怪我をしたりする。山林の開発が進み、クマの住む場所が狭くなったのと、人里のほうが、美味しいエサが食べられるとクマが気づいたためだろう。作者は、秋田市の市街地に住むが、それでも、クマが怖い。師走という忙しい時期に、クマも走っているのがおもしろい。いかにも「みちのく」である。なお、私の住む千葉県は、江戸川と利根川にはさまれ「島」のようになっているので、日本で唯一、クマの棲息例がない。

   まだ国も宗教もありレノンの忌     岡部 博行 

  ビートルズのメンバーであった、ジョン・レノンが殺されたのは、ニューヨークで、一九八〇年十二月八日のこと。ちょうど、太平洋戦争開戦・真珠湾攻撃の日に思えるが、アメリカでは、その日は、一日前の十二月七日(日曜日)である。ジョン・レノンの曲に、「イマジン」がある。反戦を唱え、平和を願うバラードである。その第二コーラスに、
  「想像してごらん、国なんてないことを、むずかしいことじゃない。殺したり、そのために死んだりすることなんか、何もない。そして、また、宗教もないことを。想像してごらん、すべての人達が、平和な生活を送ることを。」
と、一九七一年に発売された、この歌詞(英語)がある。それから四十数年経っているのに、国も宗教もあって、ウクライナや中東では戦争が起きている、と、この句の作者は嘆いているのである。

   山茶花や仕付けのままの妣の衣     神田 弘子  

  和服を整理していたら、着物が出て来た。仮縫いの仕付け糸が付いている。亡くなった母(妣)の仕付けがついた着物を見ると、和裁が得意だった母のことが改めて思い出される。ガラス窓の外は、山茶花が咲いている。もう冬になる。という、「母恋」の句である。なお「妣」と書くと、亡くなった母を指し、「考」は、亡くなった父を指す。

   煤払ひ村の行事の無人駅        高島 郁文

  無人駅は、JRの用語では「駅員無配置駅」という。通常、近くの大きな駅の駅長の管理下に置かれるが、駅員はいない。国鉄がJRになって合理化が進み、最近は、無人駅が多くなった。入場整理券を発券する機械が置かれたり、SuicaやICOCAをタッチして入場を記録する機械が置かれたりしているが、昔は何の機械もなく、列車に乗って車掌に申告するか、着駅で精算するかだった。そんな無人駅は、掃除をする人がいない。駅が置かれた里のボランティアが簡単な掃除をするくらいである。そんな無人駅、この村では、年末の大掃除を、村の行事としておこなって、駅を綺麗にしている。ありがたいことである。

   閉め切りの窓に撓にななかまど     長岡 ふみ  

  ななかまどの実は、東京では植物園ぐらいでしか見られないが、赤い万両のような美しい実を秋につける。盛岡市の街路樹や、群馬県側の尾瀬に登る道ではよく見られる。作者の家では、そのななかまどが、閉め切った窓に押し付けられて、枝がしなりたわわに実っている、というのである。窓が割れて、枝がのびて、家の中に実が飛び散りそうである。

   篁の葉擦れの散らす冬日かな      飯嶋 政江

  篁たかむらとは、竹の群がっているところ、竹林のこと。樹木の林の印象とは、また違った趣きがある。その竹林の竹の葉の擦れ合う音がするとともに、冬日の木洩れ日が降りそそぐ。冬であるから落葉樹の葉は散っており、葉があるのは、常緑樹と竹のみである。竹の葉が散らす木洩れ日ではなく、その葉擦れの音も聞こえる。しんとした、冬日の木洩れ日であるというところに発見がある。

   狼の守る三峰に笙ひびく        居林まさを

  ニホンオオカミは、明治三十八年、奈良県での生体捕獲を最後に、生獣は確認されず、絶滅したとされている。しかし紀州や秩父には、まだ生存しているとの噂もある。三峰神社の三峰は、埼玉県の秩父、三峰山にあるが、そのオオカミを眷属けんぞく神の「大口真神」だとしてあがめている。その証拠に、狛犬は、オオカミの姿をしている。その三峰神社は荘厳な雰囲気で、参拝客はたまたま少なく、笙の音が境内にひびいている。静けさを感じる句である。

   新米甘し棚田は鉄穴流しの地      浦島 寛子  

  鉄穴流かんなながしとは、日本古来の製鉄法である「たたら製鉄」に使用する砂鉄を採取する選鉱法である。砂鉄を含んだ山の土を水に流し、底にたまった砂鉄を採り出す。たたら製鉄は、還元鉄を作る方法であり、江戸時代、中国地方の山中で、よく行なわれていた。日本刀を作るには、必須の方法であった。いまは、確か、日立金属が、島根の奥出雲で、保存的に行なっていて、有馬先生はじめ何人かが、その現場を吟行したことがある。さて、現在、製鉄は溶鉱炉によるものに代わり、鉄鉱石を用いるようになった。その結果、「鉄穴流し」も、過去のものとなり、その遺跡は、棚田として再利用されている。米も品種改良をされて、その棚田で収穫される米も甘いというのである。長い歴史の変遷を一句にうまく詠み込んだ。

   権六の筥の白鷺翔つ小春        魚谷美佐栄 

  松田権六(一八九六~一九八六)は、金沢に生まれ、東京美術学校を卒業した蒔絵師である。文化勲章も受章し、東京藝術大学教授をもつとめた。当代一の人である。その松田権六作の、筥はこ、白鷺が描かれている。たまたま小春日和で、まさに、その白鷺は飛び翔つかのようである。

   子午線の丘に汽笛や冬に入る      松井ゆう子 

  日本標準時となる東経百三十五度の子午線は、明石市の人丸神社の中を通っている。そこには「天文科学館」が建っており、トンボ(秋津島)をあしらった標柱もある。また、すぐ海側の、山陽電鉄人丸前駅のホームには、子午線にあたるところに線が引かれている。すぐその南は海(明石海峡)である。この丘は、その人丸神社の裏の丘であろうか。あるいは、作者の住む明石市の北の、神戸市西区にある丘であろうか。海峡を船が往来するから汽笛を鳴らす。その汽笛が、冬の冷気のなか、丘までよく聞こえてくる、というのである。淡路島も見えてなかなか眺めの良いところである。東経百三十五度線は南から、和歌山市、淡路市、明石市、神戸市西区、三木市、小野市、加東市、西脇市、丹波市、福知山市、豊岡市、京丹後市を通っている。ちなみに経度で五度東に離れた、東経百四十度の子午線は、船橋市の京成電鉄船橋競馬場駅の上を通っている。駅前に標柱があるが、ホームに線は引かれていない。明石とは、本来二十分違うので、日の出は早く、日没も早い。

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