天為俳句会
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十人十色2024年10月 福永 法弘選

   星ひらく天に夜店の灯るごと   嶋田 香里

  夜店は主に祭などの縁日に開く。金魚掬い、型抜き、射的などの遊びや、おもちゃ、お面など売店、そしてりんごやイカ焼き、たこ焼き、ベビーカステラなどの食べ物に、子供はもちろん、大人も童心に返ってわくわくする。
  この句、小さな工夫が見逃せない。開くのは夜店で、灯るのは星のはずなのに、それを逆転させ使っているのだ。これによって、童話性がより増している。

   文月や雉鳩恋をくり返し   岡崎志昴女

  日本でよく見かける鳩は二種類。公園などで群れているのはドバトで、木の枝などにひっそり潜んでいるのがキジバト。キジバトはドバトよりも小ぶりで、その名の通り羽に雉のような模様を持つ。群れで暮らすドバトに対して、キジバトは雄雌二羽のカップルで過ごすことから、夫婦和合の象徴と言われたりもする。年に五六回繁殖するので、文月だけに恋をするわけではないが、文を交わして恋をするみたいな雰囲気をこの句は醸し出していて面白い。

   三三六呼吸整へ酷暑かな   木村ゆみ子

  酷暑は辛い。しかし、そんな酷暑の中へどうしても出ていかなければならない用事がある。そんな時、外出の前に、三三六呼吸法でもって気持ちを整えてから、一歩を踏み出すのである。お臍の辺りに手を添え、お腹を膨らませながら鼻から息を吸う。吸ったら息を止め、そしてお腹をへこませながらゆっくり吐く。三秒で吸い、三秒止め、六秒で吐き出す。これが三三六呼吸法であり、気持ちが不思議と落ち着く。

   落し蓋のごと長梅雨のけだるさよ   佐藤 鈴代

  「如し俳句」は簡単そうで実は難しい。誰も使ったことのない新しい取り合せを発見する必要があるからだ。その点、この句は成功。長梅雨のけだるさを落し蓋の如しと言い切った点、初めて見た比喩であり、してやられたという気さえする。八五五という破調も、けだるさを表すのにぴったりだ。

   夕薄暑指の迷へるセルフレジ   西脇  均

 デジタルデバイド(情報格差)の発生は世界レベルの問題で、南北国家間、人種間、経済教育格差などから、どんどん深刻化している。世代格差もまたしかり。インターネットはおろか、スマホもカードですら使いこなしていないのに、スーパーマーケットのレジもセルフが増えてきて、どのボタンを押したらよいか戸惑う高齢者は無数にいるのである。

   「陸奥」沈む周防の海や梅雨の月   小林ひろえ

  戦艦陸奥(むつ)は大日本帝国海軍の戦艦で、姉妹艦「長門」とともに(陸奥と長門は日本の誇り)と「いろはかるた」にも詠まれたほど親しまれていたが、昭和十八年六月八日、山口県の周防大島沖で原因不明の爆発を起こし沈没した。昭和四十五年の引揚げ作業により、艦体の一部や遺骨、遺品、主砲などが回収され、現在、周防大島の陸奥記念館に展示してある。死者千百二十一人、夜空に懸る梅雨の月が切ない。
  同じ海域で明治十年、第六潜水艇が浮上できなくなった事故もあった。私の地元なので、子どもの頃、艇長佐久間勉の遺書を読まされた記憶がある。この遺書は多くの人の胸を打ち、夏目漱石が激賞、与謝野晶子も(海底の水の明りにしたためし永き別れのますら男の文)と歌った。

   まみえしこと無き師の句集明易し   森木 方美

  有馬先生がお亡くなりになって早くも四年が経過した。先生没後も天為は集団指導体制で継続し、新しい会員を迎え、新同人も毎年誕生している。また、先生の謦咳に接したことのない人もかなりいて、方美さんもそのお一人なのだろう。天為では今年の六月に『有馬朗人全句集』(角川文化振興財団)の刊行を果たした。直接にはご存じない方こそぜひ、この全句集を繙き、夜の明けるのも気がつかないほどに没頭して、朗人俳句のエッセンスをみ取ってほしい。

   睡蓮や佐原囃しの潜る橋   池西季詩夫

  佐原は江戸時代、利根川水運の中継地として栄えた商業都市で、その賑わいは江戸を凌ぐ「江戸優り」と評されたほど。その佐原で伝統の神楽に江戸文化を融合させた独特の調べで歌い継がれている佐原囃子は、神田囃子、京都園囃子と並び、日本三大囃子の一つに数えられている。小野川の左右には江戸情緒を今に伝える伝統的な建物群が並び、橋の下を潜る舟からは佐原囃しが聞こえ、睡蓮が揺れる。

  竿燈の夜空は稲穂波のごと   進藤 利文

  秋田竿燈祭りは東北三大祭りの一つで、三百年近くの歴史をもつ国指定重要無形民俗文化財。稲穂に見立てた竿燈に米俵を模した何十もの提灯を吊り、これを肩や額に載せて市中を練り歩く。竿燈の揺れるさまはまさしく光の稲穂波のよう。秋田の夏を華麗に彩り、五穀豊穣疑いなしである。

  風鈴の音色やさしきメロス号   岡田美知子

  メロス号は津軽鉄道の列車名であり、線の津軽金木町を故郷とする太宰治の名作『走れメロス』に因んで付けられた名称。冬はストーブ列車で有名だが、夏場も風鈴を吊るなどして、集客に力を入れている。津軽鉄道の所要時間は各停だとおよそ四十分。「走れメロス」のオーディオブックは三十五分の朗読なので、ほぼほぼ一緒だ。

   父の日の父は素知らぬ振りをして   岡部 博行

  母の日(五月第二日曜日)は一九〇七年が始まりとされ、おしゃれなプレゼントやレストランの特別メニューなどで毎年かなりの盛り上がりを見せているが、わずか三年遅れの一九一〇年に始まったとされる父の日(六月第三日曜日)に関しては、未だに認知度が低く、もちろん盛り上がりにも欠ける。母の日にはあんなにはしゃいでいた子供たちが、父の日を前にして、不思議と静かである。もしかして、父の日を忘れているのではないだろうかと、父は内心、気を揉んでいるのである。

   ビリヤードの棒おもすぎるなつ休み   松崎  玲(小二)

  俳句には挨拶、滑稽、感動など様々なモノやコトを詠み込むことが出来るが、発見も重要な一つ。七十年も八十年も生きていると新たな発見は少ないが、小二生にとっては日々発見の連続だろう。大人が軽々と扱うビリヤードの棒キューを手に取ってみたら、これが結構重たかった、いや重すぎたという発見。季語を変えれば、大人の俳句としても十分通用する句だ。キューはだいたい五百グラム前後。 

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