天為俳句会
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十人十色2024年12月 日原 傳選

    吾亦紅鮮やかなるを折りとりぬ     藤井  素

  「吾亦紅」はバラ科ワレモコウ属の多年草。山野に自生し、夏から秋にかけて暗赤色の花をつける。漢名は「地楡」。和名ワレモコウの表記としては「吾亦紅」のほかに「吾木香」「我毛香」といった漢字も当てられる。その存在は古くから注目されていたようで、『源氏物語』「匂宮」の巻に「老を忘るる菊に、おとろへゆく藤袴、ものげなきわれもかうなどは…」と芳香のある秋の植物として「菊」「藤袴」とともにその名が見える。江戸時代の発句にも<しやんとして千種の中や吾亦紅 路通><此秋も吾亦紅よと見て過ぬ 白雄><吾木香さし出て花のつもりかな 一茶>と詠まれている。
  掲句は、一茶の句に詠まれたように花としては地味に感じられる暗赤色のその色彩に注目する。群れて生える吾亦紅の花は一見したところ同じようだが、よく見ると違いがある。そこで、見比べて鮮やかな色をした花を選んで折り取るというのである。吾亦紅を細やかな心で愛でつつ折り取る様子が想像されてくる。

    葡萄溝玄奘も見し火焔山        青   猫  

  「葡萄溝」は中国新疆ウイグル自治区吐ト魯ル番ファン市にある地域の名。南北約八キロ、東西約二キロの広がりを持つ。沙漠地帯にあるが、天山山脈を源とする川やカレーズという地下を流す用水を利用して葡萄などの果物を栽培している。作者はその葡萄溝を訪れたのであろう。一方、「火焔山」は天山山脈東部の南麓、吐魯番地の東北部に東西約百キロにわたって風のように連なる。平均標高五百メートル、最高峰は八百三十一メートル。赤茶けた地肌は長年の風化と浸作用によって多くの襞ひだが出来ており、「火焔」を思わせる模様となっている。葡萄溝からは、その偉容を間近に見ることが出来るのであろう。玄奘(六〇二~六四)は初唐の高僧。国禁を犯して印度へ向かい、十六年に渡る旅と修行を経て帰国した。その見聞記を『大唐西域記』という。その実録がもととなり、明代に小説『西遊記』が成った。『西遊記』には鉄扇公主(羅ら刹せつ女にょ)の所有する芭蕉扇を奪って玄奘三蔵一行が火焔山を通過する有名な一段がある。作者はあるいはそれを想起したのかもしれない。

    遠眼鏡熊栗架掻くを監視かな      岩川 富江  

  この句の季語は「熊栗た架な掻く」。『圖説俳句歳時記 秋』(角川書店)では「熊くま栗くり架だなを掻かく」を見出し季語にして「本州・四国・九州に産するツキノワグマは北海道産のヒグマと違って木登りが巧みで、秋口にはクリの木に登って好物のクリの実を食べることが多い。この場合、クマは樹上の一か所に陣どり、周囲の枝を強力な前肢で手元に折り曲げて毬をむしり食うため、棚をかけたようになる。これが栗架で、このようなものを一か所に五〇ぐらいも見ることがある」と解説する。掲句は樹上でそのような行動をとる熊を望遠鏡で見ているというのである。熊を無下に射殺したり、捕らえたりはせず、一定の距離を置いて付き合う暮らしをしているのであろう。現場に行かないと出来ない句である。

    啄木鳥よいつまでつつく谷戸の中    織戸 弥生  

  「谷戸」とは周囲を小高い山や丘陵に囲まれた小さな谷間の地をいう。そこに啄木鳥がやってきて、採のために木を頻りにつついているのである。「啄木鳥よ」という呼びかけ、「いつまでつつく」という問いかけ、親しい鳥として啄木鳥と向き合っている感じがある。「谷戸」という地形により、啄木鳥のつつく音もよく響いてくるのであろう。

    小雨撞く朝の段雷秋祭         江成 苑枝

  「段雷」は祭や運動会といった行事を開催する合図として用いられる昼花火をいう。秋祭の当日の朝、あいにく小雨が降っている。しかし、天気は次第に良くなる見込みなのであろう。秋祭にともなう行事を開催する決定がなされ、それを知らせる段雷が揚がったのである。「アサ」「ダンライ」「アキマツリ」と句の後半に多用される「ア」音は明るくなってゆく天気を表わす感じがする。

    万葉の三山座る花野かな        松本 正光  

  「万葉の三山」とは、『万葉集』に数多く詠まれる大和三山すなわち「香久山・畝傍山・耳成山」を言うのであろう。奈良地の南部、飛鳥周辺に位置する三山。ともに海抜二百メートルに満たないなだらかな山容は目にやさしい。作者は花野に身を置きながら、その花野を包むように見える三山の姿を嘆称しているのである。

    天地返しバーのマダムの麦藁帽     安倍 雄代  

  「天地返し」は表土と下層土を入れ替える農作業をいう。知り合いのバーのマダムが麦帽をかぶって天地返しの作業をしている場面にたまたま出会ったのであろう。本格的な農作業というより、家庭菜園や庭の草花作りにいそしんでいる感じである。夜の着飾った姿を知っているだけに、太陽の光のもとで目にした、麦帽をかぶって汗を流すマダムの意外な姿に驚いたのである。

    曼荼羅の金泥微光秋の風        山本 純夫 

  「曼荼羅」は密教において、宇宙の真理を表わすために仏や菩を枠のなかに配置して図示したもの。密教寺院の本堂では中央の壇に仏器や法具が並べられ、その両側の向かって右に胎蔵界曼荼羅が、左に金剛界曼荼羅が懸けられる。それらは絹や紙に彩色を施したもので、金泥・銀泥を用いたものも多い。作者は微光を放つその金泥に魅せられたのであろう。
五行思想では「木・火・土・金・水」の「金」が秋に配当され、「秋の風」は「金風」とも言う。一句の世界に統一感が生まれている。ちなみに、曼荼羅図を詠んだ句としては<曼荼羅に残れる金や初しぐれ 細見綾子><山蛭や秘して拝せぬ曼荼羅図 上田五千石><曼荼羅に豆つぶほとけ雪明り 鍵和田子><早蕨や炎のいろを曼荼羅図 長谷川櫂>等がある。

    ポポーの実雨滴を纏ひ垂れ初むる    我妻千代子  

  「ポポー」はバンレイシ科の落葉果樹。北米原産とされる。春に暗紫色の花を咲かせ、果実は秋に実るという。その実はアケビに似た楕円形をしており、最初は緑色だが熟すと黄緑色になるという。その果肉はやや濃い黄色で芳香があるところから「森のカスタードクリーム」とも呼ばれるようだ。日本には明治時代に持ち込まれたという。掲句は「ポポーの実」という珍しい素材を詠み、新しみがある。実りの時期を迎えて垂れ初めた実が雨滴を纏う。その瑞々しいさまを捉えた。

   星月夜カフカは鴉になりました      佐藤 克之  

  村上春樹の小説『海辺のカフカ』の主人公である十五歳の少年の自称は「田村カフカ」。それに関して「カフカというのはチェコ語でカラスのことです」と名前の由来を説明する場面がある。一方、田村カフカの背後には「カラスと呼ばれる少年」がいて時に彼に指針を与えるが、「僕は『海辺のカフカ』です。あなたの恋人であり、あなたの息子です。カラスと呼ばれる少年です」と田村カフカが告白する場面もあり、そこでは両者は一体化する。また「カラスと呼ばれる少年」が二人称で田村カフカに語りかける場面では「君は一羽の精せい悍かんなカラスになって、この山小屋を抜け出したいと思う」という言葉が発せられる。句の背後に物語の存在が感じられる作。

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