天為俳句会
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十人十色2026年4月 日原 傳選

男鹿島の桜鯛には男鹿藻塩        進藤 利文

  作者は秋田の人。秋田県北西部に位置する男鹿半島は、かつて沖合にあった「男鹿島」に砂州が延びて繋がった陸繋島という。掲句の「男鹿島」はその地を言うのであろう。男鹿半島の沿岸には真鯛の北限の産卵地が有り、桜鯛の季節には真鯛がたくさん集まって来るという。「藻塩」は海藻に汐水をかけて塩分を多く含ませて製する塩。「朝凪に玉藻刈りつつ、夕凪に藻塩焼きつつ」(『万葉集』巻六・九三五)と読まれた古くからある製塩法。「男鹿藻塩」も当地の名産のようだ。「桜鯛」「藻塩」という当地の名産を詠み込んだ国誉めの作品である。

山祇に残る椀ともおひながゆ       椋 あくた

  三月三日の雛の日には重箱にご馳走を詰めて海や山へ遊びに出て飲食することがかつてはよく行なわれた。『祭・芸能・行事大辞典』(朝倉書店)には「子どもたちが川原や畑の隅などに陣取って煮炊きをし、ママゴトをして遊ぶ行事を関東・東海地方などでは、お雛ひな粥がゆとか雛ひいな飯めしなどといった」とある。「山やま祇つみ」は「山つ霊み」。すなわち山の神霊の意とされる。この句の「おひながゆ」で使われる椀は山の神を祀る神社に保存されているものが使われるというのであろう。古い伝統の残る雛祭の行事が想像される。  

水彩の乾かぬ空に蠅の脚         宮園こすも

 描いている途中の水彩画。「水彩の乾かぬ空」とあるから、風景画を描いているのであろうか。その空の色を塗った箇所にたまたまが飛んできて止まってしまったというのであろう。半乾きの絵の具が脚に付いてしまったも慌てたであろうが、水彩画を描いている人間の方も困惑したに違いない。一つの意外な事件を一句に仕立てた作。   

翠髪をなびかせ歩く白日傘        手銭 涼月  

 つやのある美しい黒髪を形容する表現に「みどりの髪」という言葉がある。「みどり」に漢字を当てるなら「緑」か「翠」か。漢語としては「緑髪」「翠髪」ともにある。盛唐の李白の「古風」詩に「中有緑髪翁、披雲臥松雪(中に緑髪の翁有り、雲を披ひらき松雪に臥す)」、中唐の李賀の「官街鼓(官街の鼓)」詩に「従君翠髪蘆花色、独共南山守中国(君が翠髪蘆花の色となるに従まかし、独ひとり南山と共に中国を守る)」といった用例がある。  掲詩の「翠髪」は長く美しい黒髪を誇る若い女性の感じだ。 炎天をもろともせず「白日傘」をさして颯爽と歩いてゆくのであろう。「なびかせ歩く」という表現がそれを言い当てている。「翠髪」という漢語がうまく収まった作。   

家中を窓から窓へ若葉風         籔谷 智恵  

 『徒然草』に「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬はいかなる所にも住まる。暑き比ころわろき住居は、堪へがたき事なり」という有名な一節がある。この句の住まいはその教えに従ってたくさんの窓が設けられている家なのであろう。それらの窓を開けると家中を風が渡り、窓から窓へ風が通り抜けてゆくのである。初夏の若葉風の吹くころはさぞかし快適なことであろう。作者の感ずる快さが読み手にも直に伝わってくる作である。

花びらをつけ筍の売られけり       上野 直美  

 筍は初夏の季語とされるが、春のうちに収穫されることも多い。『カラー図説 日本大歳時記』(講談社)の「筍」の解説にも「食用に供されるおもな竹類は、孟もう宗そう竹ちく・淡は竹ちく・苦ま竹だけなどである。孟宗竹の子は晩春・初夏のころ、地面にわずかに頭を出したころ掘って食べる」とある。八百屋の店頭に筍が並ぶ時節となった。よく見るとその筍には桜の花びらが付いていたというのである。地中から掘られ、運ばれ、店頭に並ぶまでのどこの過程で付いたものであろうか。花吹雪の舞うなか運ばれてきた筍の来し方が思われるのである。   

遮光幕蛍の里に張る日なり        宮田 敏子   

 作者は岡山の人。夏に蛍が舞うのを楽しみに蛍を保護している人々がいる。街灯や車のヘッドライトなどの人工の光は蛍の繁殖活動の妨げになるという。それを防ぐために遮光幕を張るのである。保護活動する人々の共同作業によるので、設置する日が決められているのであろう。蛍が身近にいる現場ならではの作である。   

故郷に軍都のなごり街薄暑        宮本あき子

 戦前に日本軍の軍事施設が多数置かれていた都市はかつて「軍都」と呼ばれた。広島、相模原、旭川、豊橋、久留米など軍関係の学校や師団の置かれた都市がそれに当たる。横須賀、舞鶴、呉、佐世保など軍港で発展した都市も軍都という呼称が地名に被せられることがある。作者の言う軍都とはどこなのであろうか。薄暑の時節、自分の生まれ育った故郷を歩きながら、「軍都」を誇った過去の思い出がよみがえる。また、仔細に見ると現在の街の一角にそのなごりが認められるというのである。「街薄暑」という季語が作者の思い出を包み込むかたちで働いている。   

照る若葉猫の駅長代替り         小林 守克  

  「猫の駅長」というと和歌山県にある和歌山電鐵貴志川線貴志駅の駅長であった「たま駅長」が有名である。もともとは貴志駅の売店で飼われていた猫が駅のアイドルになり、平成十九年(二〇〇七)一月に和歌山電鐵から正式に駅長に任命された。そのニュースはテレビや新聞等で報じられ、たま駅長目当ての乗客が増え、かなりの経済効果があったようである。初代「たま駅長」は平成二十七年に死んだが、「Ⅱ世駅長」「駅長代行」「駅長見習い」等々後継も活躍しているようである。また、他の地方鉄道でも「猫の駅長」を任命しているところがいくつかあるらしい。猫の寿命はふつう十数年。いつまでも駅長を勤めていられる訳ではない。掲句はその代替りのニュースを一句に仕立てた。「照る若葉」という季語は地方の小さな駅の様子を想像させる。  

あくがるの私学制服さくらんぼ      比留間加代  

  「あくがる」は「理想とするもの、また、目ざすものなどに心が奪われて落ち着かなくなる」「それを求めて思いこがれる」の意の古語。自動詞ラ行下二段活用。近年、私立の中学校や高校の制服のデザインは工夫されたものが多くなり、それに惹かれて志望校を決める生徒もいるという話を聞く。その話柄を一句にしたのであろう。最後に添えられた「さくらんぼ」という季語が一句の世界を象徴している。  

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