<日原 傳編集顧問選特選句>
石棺の隅に凍蝶眠りけり 佐藤武代 (3点)
寒気の中、じっとして動かない凍蝶。その凍蝶のとどまっている場所は石棺の隅だというのである。古い時代に造られた
石棺が野ざらしになっているのであろう。そこに身を寄せる凍蝶。神秘的な世界を垣間見たような思いになる。
江戸時代の句に「石に蝶もぬけもやらで凍てしかな 白雄」がある(傳)。
去年今年老眼鏡を鼻にかけ あさだ麻実
一読し、ほのぼのとした気分に導かれる。「鼻にかけ」という描写がユーモラス。自画像であろうか。老眼鏡をかけた
家人が新聞や本などを読む姿を眺めているのであろうか。「去年今年」という新年の季語が句全体をつつみこむ形で
ゆったりと使われている(傳)。
<日原 傳編集顧問選入選句>
纊虫のほうと木曽塚巴塚 西脇はま子 (5点)
私が義仲寺を訪れたときも冬で、ひっそりと静かでした。綿虫が雪のようにふわふわと漂っている光景が目に浮かびます。(那智子)
猟期来る帽子目深きパリジェンヌ 小野恭子 (2点)
時雨るるや芭蕉の墓も淡海も 内藤芳生 (2点)
芭蕉は自分の亡骸を義仲寺に葬って欲しいと遺言したそうです。そして、昔は、義仲寺の直ぐそばまで琵琶湖が
迫っていたとか。「時雨るる」という上五が効いていると思いました。(那智子)
赤きリボンつけたるのみの聖樹かな 明隅礼子 (1点)
濃いグリーンの樅の木に赤いリボンだけをいくつか飾った人はおしゃれなブテックの経営者でしょうか? ぬきんでた
色彩感覚と美意識を持つひとと想像されます(かをるこ)
藻畳の水紋しづか青邨忌 髙橋紀美子 (1点)
縄文時代、不忍池あたりは深い入江で、本郷の高台あたりまで海水があったという。池の底では、蓮の茎が古代の泥を
とらえている。水面は藻。藻は文藻、才藻。青邨の生命力をたたえた句。(茂喜)
浅草は江戸の鬼門や年詰る 鈴木 楓 (1点)
上五中七、素敵な表現ですが、やや説明っぽいとも取れます。しかし、下五「年詰まる」の配合でその疑念は払拭され
躍動感のある素敵な一句に仕上がりました。(仁)
空晴れて湖晴れて鴨陣を解く あさだ麻実
雪しまく小谷村ゆく歩荷かな 浅井貞郎
夜を徹し高千穂神楽舞にけり 松山芳彦
幾度も屑屋の通る十二月 土屋 尚
<互選句>淑気満つ百花の競ふ格天井 内藤 繁 (7点)
百花の競ふ格天井があるので、きっと由緒あるお寺なのでしょう。「淑気満つ」という季語が働いて古刹の佇まいが
伝わってきます。(那智子)
冬ざるる無人駅舎の切符箱 満井久子 (6点)
「冬ざるる」「無人駅」の取り合わせ。風土詠として演歌のような雰囲気がでるかも知れませんが、ちょっと淋し過ぎ
ますよね。でも下五「切符箱」の斡旋で、どこか人の気配、温もりの感じられるほのぼのとした一句に仕上がりました。
(仁)
宗教も国籍も無き初日の出 中川手鞠 (6点)
太陽は、人を皆平等に照らすものですよね。不穏な出来事が多い昨今、そのあり難さを感じます。(智子)
色紙の黒だけ残り冬の月 杉 美春 (5点)
しんと凍て付く夜の闇の深さと、残った色紙の黒さが重なるのでしょうか。(智子)
能管の序破急の間や初霰 江原 文 (5点)
能管(横笛)の序と破と急は舞楽から出て、能その他の芸能にも用いるがその間に初霞が出たという詩的な感覚
素晴らしい。(芳彦)
隈取の中の眼光冬の雷 松浦泰子 (4点)
歌舞伎役者の隈取は、さながら雷の形相を表しているかの描写、恐れ入りました。(允孝)
太陽のしずく落ちくる雪の朝 江原 文 (4点)
雪国の朝を思い出しました。(麻美)
地球儀を指でたどりし冬の旅 和田 仁 (4点)
春を待ちながら、心は自由に外国を旅する。楽しい一時ですよね。(智子)
多羅葉の栞はらりと日記果つ 荒川勢津子 (4点)
ヤシ科の多羅樹の葉の栞がはらりと落ちて日記が終わっているという。平安末期の梵語字書の多羅葉記の多羅葉の栞を
もってきたのがよいと思う。日記果つが写経とも。(芳彦)
納め歌舞伎勘亭流の文字躍る 室 明 (3点)
「歌舞伎」「勘亭流」「躍る」。テーマ、語彙の選択が適切かつ魅力的。絞りの効いた表現の余白から臨場感の伴った
様々なイメージが思い描かれます。天為ならではの充実を感じさせる江戸前の一句。(仁)
浅草の年の瀬駆ける人力車 鈴木 楓 (3点)
中七の「年の瀬駆ける」が如何にも浅草らしい活気溢れる様子がでていて大変良いと思います。(貞郎)
鴨群れて短き朝寝繰り返す 岡崎志昴女 (3点)
クリスマス菓子の名前の猫とゐて 渡部有紀子 (3点)
季語クリスマスでいただきました。(麻実)
着ぶくれて大事小事はポケットに 浅井貞郎 (3点)
中七から諧謔と作者の心の広さを感じます。(明)
「大事小事はポケットに」の表現が面白い。ポケットには一体なにが入っているのでしょう。(ユリ子)
山々の闇を切り裂き神楽笛 中川手鞠 (3点)
神楽笛の独特の高音が中七で上手く表現されていると思います(明)
観覧車届きさうなる冬茜 満井久子 (3点)
観覧車の中から冬夕焼が手に届きそうに真っ赤に燃えているのが目に浮かびます(みつ子)
水嵩を低きと思ふ寒の鯉 上脇立哉 (2点)
確かに、氷の天井が頭上にあるのだもの、~でも寒の鯉はあまり動かないからこれで世界は足りているのかも~(文)
犬もまた神妙に聴く御慶かな 内藤 繁 (2点)
新年の慶びを、犬もまた同じ慶びを味わっているかの様子が伺えて、大変興味をひきました。(允孝)
江戸趣味の店の連なる年の市 根岸三恵子 (2点)
お正月は昔ながらの習慣を守るから、必然的に、、、なんて理屈はやめましょう、年の市、そぞろ歩きが楽しいですね。(志昴女)
綿虫のゆらめく辺りニュートリノ 竹田正明 (2点)
綿虫とニュートリノの取り合わせが面白い、有馬先生が造られたスーパーカミオカンデーでニュートリノの存在が
確認され、梶田さんがノーベル賞を受け、有馬先生の陰の功績が讃えられる。(貞郎)
新年の千木の高みへ鬼の舞 竹田正明 (2点)
下五「鬼の舞」は五穀豊穣を神へ感謝の気持ちの表れとみました。神の力とは一体何なんでしょうか考えさせられました。(允孝)
雪霏霏と木の根かやの根久女の忌 佐藤博子 (2点)
木の根、かやの根がそこらじゅうに這っている様子が久女の「花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ」を思い出します。
そこに雪が霏霏とふっているのは悲劇的な久女の人生を象徴しているようです。(泰子)
白炎を吐く日輪や氷魚汲む 西脇はま子 (2点)
牛乳の撥ねて八手の花となり 中村光男 (2点)
これからはカリフラワーの代わりに八つ手の花を煮てみようかな??(恵美子)冬牡丹上野の森の塔のかげ 武井悦子 (2点)
冬牡丹。春につぼみを取り去って花の時期をずらし、藁をかぶって冬に咲かせる。殊に歴史ある上野の森の塔のかげに、
赤い花が今年もひらいた。清らかで美しい花を作者は忘れない。(茂喜)
置き炬燵見ゑぬ土俵の足相撲 原 豊 (2点)
盃の壺中の天や十二月 荒木那智子 (1点)
「壺中の天」という言葉に惹かれました。極上の別世界でしょうね。(博子)
歳の暮剪枝雄松の脂(やに)匂ふ 松山芳彦 (1点)
脂匂ふに魅かれました。(豊)
冬の蝿寝間は仏の掌 石川由紀子 (1点)
「冬の蠅」と「仏の掌」の取り合わせが面白いと思います。(貞郎)
夕影の蝋梅包む新聞紙 妹尾茂喜 (1点)
薄墨の雲も仲よく初御空 小高久丹子 (1点)
濃いグリーンの樅の木に赤いリボンだけをいくつか飾った人は おしゃれなブテックの経営者でしょうか?
ぬきんでた色彩感覚と美意識を持つひとと想像されます(かをるこ)
葉の落ちて明るき林冬はじめ 嶋田夏江 (1点)
わが森の小道は、学童保育所に通じている。春は桜、夏はむせかえる緑、秋は紅葉。日々の迎えが祖父母の仕事。
いまは冬。夕日が木々の姿を浮きあがらせ、木々はまたくる春を夢見ている。(茂喜)
地吹雪の底にマトリョーシカの駅 早川恵美子 (1点)
ロシアを旅した時、駅の長い石段にマトリョーシカを売る少年がいた。秋だったが「吹雪の駅」を想像してみた。
(ユリ子)
しぐるるや街に濃淡残し往く 原 豊 (1点)
時雨の去った後の街が一瞬墨絵のような明暗を見せているのでしょう。寂しさも残して行ったのではないでしょうか。(明)
みほとりの軽さ極めて寒の入 熊谷かをるこ (1点)
振り向けば障子に映る風の影 土田栄一 (1点)
風の影・・・・・なんと詩的なフレーズなんでしょう。(麻美)
物の怪のごとく厳冬来たりけり 和田 仁 (1点)
まさしく実感、以前雪国へ行った時、今まで晴れていた景色が、急に降雪の為。雪壁に囲まれた事がある。まさしく
物の怪のごとくであった。(文)
老妻の料理を替めて年始 今井温子 (1点)
新妻の革手袋に潜む嘘 佐藤武代 (1点)
折紙の箱の角ばる寒さかな 渡部有紀子 (1点)
冷たさに耐えて折り紙を折っていると、角の鋭さが際立つように思われる、わかる感覚ですが、それをとらえた感性に
脱帽です。(志昴女)
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