天為ネット句会吟行 2026年4月  

ネット句会吟行第18回 池袋界隈 句会報

日原 傳先生をお迎えして☆                        佐藤博子 文責

  参加者 : 明隅 礼子、野口 日記、荒木 那智子、榑林 匠子、伊藤 正規、芥 ゆかり、内村 恭子
        岡部 博行、荻須 節子、熊谷 幸子、宮川 陽子、金子 肇、相沢 恵美子、 山本 純夫
  幹 事 : 佐藤 律子・佐藤 博子 
  句 会 : 投句・・5句 選句・・7句

 ボタン 4月2日(木) 小雨のち曇・晴   集  合:雑司ヶ谷駅 10:10           
                    吟行地:鬼子母神・豊島区立目白庭園・自由学園明日館
                    昼 食:PIZZA SALVATORE CUOMO
                    句会場:東京芸術劇場会議室  

 日原先生の元、総勢十七名にて出発。先ずは小雨の中、大欅の参道を抜け鬼子母神堂のある法明寺到着。近くの「みみずく公園」や小さな境内を思い思いに探索した。永禄4年に目白の畦に掘り起こされた鬼子母神は、星の井に清められ、その後、大正六年にこのお堂に祀られたとか。

 古い歴史を感じつつ、一行は豊島区目白庭園へ。小雨が止んだと思へばまた降ったり・・・。一列で汀へ寄ってくる鯉に励まされた。写真撮影禁止となっていたが、前撮りの花嫁・花婿さんも登場する、何ともありがたい時間を目に焼き付け句帳に書きとめて、次の自由学園明日館へ移動。

 満開の桜の奥には、クリーム色の壁とアイビーグリーンに統一された屋根と窓枠の明日館。内部は、幾何学的模様も美しい空間に六角の背もたれの可愛らしい椅子が点在。教育とは「優しさ」で在ることを実感しました。

 その後、ランチのピザをお腹いっぱい食べ、雨の上がった春の光のなか斜交いの句会場へ向かった。 ロの字に机を整え、投句締切までの時間しばし句作に没頭。各自披講と先生のご丁寧な選評を頂き、閉会となった。長野からの参加で緊張しつつも、お名前と顔が一致して距離感も縮まり、先生と一日ご一緒できた贅沢な吟行句会であった。有難うございました。            
                                      伊藤正規 報


 
銀杏
乳(子授け)銀杏
鬼子母神像鬼子母神像 桜 自由学園自由学園明日館
          撮影4枚:佐藤博子
        ◆鬼子母神公式サイト     雑司ヶ谷 鬼子母神 | 威光山 法明寺 | 日蓮宗
◆自由学園明日館       重要文化財 自由学園明日館 
          デジタルアーカイブ「自由学園一〇〇年+」資料の公開方針と利用方法について

 ホームページ作成に際して、URLのリンクや写真のご提供を了解して下さった、関係各所に感謝申し上げます。
   また、ご参加の皆さまの御協力・お手伝いのお陰で無事終了出来ました。 有難うございました。(幹事:律子・博子)

   日原 傳作品

水揺れて枝垂桜の散りはじむ
花散るや大理石なる梟に
春の水丸石あまた沈めある
切株の転がしてある花の寺
いつまでも掃きをる雨の落花かな

 
                            
        参加者二句(順不同)

明隅 礼子
 花まつり近づく御堂拭き上げぬ
 囀や壁画には出エジプト記

野口 日記
 花嫁の金の草履や白椿
 春思ふ出エジプト記のフレスコ画
荒木 那智子
 春参道一軒ごとに竹箒
 芽吹きゐる枝に残りし石榴の実
芥 ゆかり
 花の窓向いて木椅子の二脚づつ
 春の昼太つた鯉の裏返る
内村 恭子
 花の雨教室の名は「明日(ドマーニ)」と
 さへづりや絵馬のざくろのマティス風
岡部 博行
 愁なき春角なき鬼子母神
 春灯やライトの巧(たく)む淡き影

荻須 節子
 大銀杏新葉が赤い鳥居にも
 雨粒の落つる池には水馬

榑林 匠子
 裏道のわづかの起伏菫草
 花曇ドアノブ高き明日館
伊藤 正規
 奉献の天水鉢に花の雨
 花の下花屑を掃くひと一人
金子 肇
 花の庭明日館の幾何模様
 戦災の及ばぬ奇跡花の庭
宮川陽子
 花冷の明日館BGMかすか
 たたんではまた開く傘花の道
熊谷 幸子
 大欅萌ゆる緑の中にかな
 ひたに雨むさぼりねぶる花海棠
 

相沢 恵美子
 乳いろの薄雲まとひ花万朶
 薄ら日にさみどり美しき銀杏の芽

山本 純夫
 赤白の羽仁の家計簿花は葉に
 春景や学窓照らす赤芽黐
佐藤 律子
 手入れよき芝をおほふや花吹雪
 盆石に富士のそびえて春の園 
  佐藤 博子
 百年の自由学園蝌蚪生る
 をちこちにふくろう像や養花天
以上

選評句


自由学園:撮影2点佐藤博子
フレスコ画 大窓

 ホールの壁画は、1931年(昭和6年)、自由学園の10周年の記念に生徒たちが描いたものです。壁画の右側に当時描いている時の写真があります。題材となっている旧約聖書の出エジプト記の一節、「主は彼らに先だって進み昼は雲の柱をもって導き、夜は火の柱をもって彼らを照らされた」とい聖句が上の方にヘブライ語で描かれており、それが自由学園の校歌の一節にもなっています。

 ・・・(中略)・・・ホールと食堂には背中合わせに暖炉が作られています。ライトは暖炉とは暖を取るための手段のみならず、火のあるところに人は集まり、団らんし、安らぎの場を共有するのだ、と考えており、手がけた住宅の多くに、暖炉を作っています。
 ライトが帝国ホテルでも採用した大谷石は、日本でライトの代名詞的な素材です。そのざっくりとした質感を生かして、堅固に築かれた暖炉は、今回の修理工事でも一切、手を加える必要がありませんでした。 以来木造重要文化財のため館内で火の使用はできず、暖炉を使う機会はありませんでした。しかし近年は消防署の許可をとり、冬の夜間見学デーなどで、良く燃えて暖かい、ライトの愛した暖炉を楽しんでいただく機会を設けています。自由学園HPより・一部抜粋



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